#457 映画『あの日の声…』DVD化とその解説

チェチェンニュース(転送・転載歓迎)

 第二次チェチェン戦争を描いた映画『あの日の声を探して』がDVD化されました。レンタルもできるようなので、見逃していた方はぜひこの年末年始にご覧ください。

DVD公式サイト: http://dvd.gaga.ne.jp/ano-koe/

 この映画の劇場パンフレットのために書いた解説文を見つけたので、この機会に掲載します。映画とあわせて読んでくださればと思います。


■私たちとチェチェン ―『あの日の声を探して』をより深く理解するために―

 大富亮(チェチェンニュース発行人)


 映画『あの日の声を探して』の舞台であるチェチェン共和国は、ロシア連邦を構成する国の一つで、黒海カスピ海に挟まれた、コーカサス山脈の北側にある、岩手県くらいの大きさのごく小さな国だ。

 ここには、独自の「チェチェン語」を話すイスラム教徒のチェチェン人100万人ほどが住んでいる。約400年前の帝政ロシアの時代から、北コーカサス地方に対する軍事侵攻が始まり、激しい抵抗ののち、チェチェンロシア帝国に併合された。しかし独立は人々の悲願であり、1991年のソ連邦崩壊をきっかけに、当時のドゥダーエフ大統領のもとでチェチェンは独立を宣言した。その後ロシアとの間には二度の軍事衝突があった。

 この映画は、1999年に始まった、いわゆる「第二次チェチェン戦争」をめぐる物語である。

 この年の9月、ロシア各地の都市で謎の爆弾テロ事件が続発し、プーチン首相(現大統領)は、「犯人はチェチェン人であり、すでにチェチェンに逃亡した」と断定して、いきなりチェチェンへの無差別な空爆と地上軍の侵攻に踏み切った。いまだに犯人は逮捕されていない。

 これによって、およそ20万人の民間人の命――チェチェン人の5人に1人が殺されるという人道の惨禍が起こった。この「テロとの戦争」の残虐な内実を、私たちはこの映画によって目撃することになる。主人公であるEU職員キャロルが、戦争で孤児となったハジと出会うイングーシ共和国には、当時30万人ものチェチェン難民が流入していた。映画はその混沌とした様子を、コーカサス山脈の見えるグルジアでのロケと、多くのチェチェン人の出演と、陰影の深いフィルムによる撮影によって、きわめてリアルに描き出すことに成功している。

 一方、ロシア軍に徴兵された青年コーリャの悲劇も、この戦争の一つの現実だ。実際に徴兵された多くのロシアの若者たちが、ろくに訓練も受けないままにチェチェンに連れて行かれ、命を落としてきた。軍の内部は腐敗しており、映画に描かれるような新兵に対するいじめも横行している。

 ロシアが、こうまでしてチェチェンの独立を認めない理由は何なのだろうか。ひとつには、コーカサス地方の豊富な地下資源を手放したくないためだ。しかしそれ以上に、チェチェンを独立させれば、他の共和国に波及して、ついにはロシア連邦の崩壊につながるのではないかという危機感がある。経済崩壊を経験したロシア社会は、かつての超大国としてのプライドを大きく傷つけられた。その上、チェチェンのごとき少数民族まで西側陣営に走ることは許せない――つまりはメンツの問題であり、ここにはチェチェンの人々や歴史についての考察は何もない。その結果、あのような残虐な戦争につながっていくのである。

 「コーカサスのフランス人」。ある人がチェチェン人の姿を評した言葉である。彼らは自由と平等をこよなく愛する民(たみ)。劇中にはチラリとしか現れないが、チェチェンのゲリラはロシア軍が全力をあげてもなかなか倒せなかった難敵で、第一次チェチェン戦争ではロシア軍を完全に追い出して戦争を終わらせた。その一方で「チェチェン人を敵に回せば最悪の敵だが、味方にすれば最良の友だ」というぐらい、信義に篤く、もてなし好きだ。

 ロシア兵士の母親たちが、息子を探しに戦火のチェチェンを訪問するという運動があった時は、チェチェン人たちはゲリラたちも含めて、すすんでロシア人の母親たちを助け、兵士と肉親をロシアへ帰国させていた。この映画の原題は『The Search(捜索)』は、母親を探すチェチェンの少年の探索を指しているが、その逆の探索もあったことを記しておきたい。

 チェチェンの人々の運動能力の高さは、子どもの時から親しんでいる高度なダンスにも現れている。劇中でも、孤児のハジがこっそりと、しかし見事なダンスを踊ったり、難民キャンプに流れてきた人々が、民族音楽にあわせて円舞する場面がある。どんなに苦しくても、いや、苦しい時だからこそ、人々は踊りや歌に没頭して、慰めを見出してきたのだろう。

 国際社会はといえば、このチェチェンの悲惨な状況を知りながらも、わずかな人道援助でお茶を濁すだけだった。キャロルは最後の望みを託してEU議会でチェチェン戦争の現実を訴えるが、まばらに議席につき、たいした関心も示さない議員たちの姿は象徴的だ。あの時、私たち日本人は、議員たちのさらに後ろに座っていたといってもいい。

 じつは殺戮が続いていた1999年11月、日本の政府系金融機関である国際協力銀行は、資金難のロシア政府に対して7億ドルのアンタイドローン(使途を定めない融資)を行なった。表向きは産業近代化のための融資として。しかしロシア軍による人権侵害が国際的な問題だった時期に、あえて巨額のフリーハンドの資金を与えたことは、軍事侵攻を容認する「ゴーサイン」の役割を果たした。ある意味で、私たちもチェチェンに対する戦争に加担していたのである。

 その後、アメリカでの9.11事件をきっかけにして、アメリカ政府もまたイラク、アフガンで「テロとの戦争」にのめり込んでいく中で、チェチェンは孤立を深めた。そんな中、精強だったチェチェンのゲリラもじりじりと敗退し、今は親ロシア派のチェチェン人、ラムザン・カディロフ首長がチェチェンを暴力で支配している。

 物語の中で、次第にキャロルは国際社会というものに幻滅していく。だが、彼女のようにチェチェンの苦しみに深く共感した人が、国際社会は単なるパワーゲームに過ぎず、チェチェンのような小国に生きる道などないというようなシニシズムに染まって、官僚としての出世だけを目当てに人生を送ることはないと思う。

 彼女が立場を離れてハジとともに生きる決意をしたように、少しづつでも、私たちが無関心でいることをやめて、手を差し伸べることで、チェチェンの悲しい現実を変えることはできる。そう信じたい。映画のエンドロールは流れ終わっても、チェチェンの物語――歴史は今も続いている。救いを求めるハジやライサ、そして無数の子どもたちとともに。

2014年12月28日



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