#410 あるチェチェン人の里帰り

(転送・転載・引用歓迎)



1.チェチェンの首都グローズヌイの中心部に開発された「グローズヌイ・シティ」。

〈記事について〉

 あるチェチェン人の里帰りの話です。

 しばらくぶりにチェチェンニュースを発行します。最近チェチェンに帰ってきたチェチェン人から、直接話を聞きました。ここに掲載したのは、その人が撮った現地の写真です。この記事は http://d.hatena.ne.jp/chechen/20130614 で、写真入りで読むことができます。

 文中で頻繁に出てくる「カディロフ」は、現在の親ロシア派独裁者のことです。彼らは同じチェチェン人に対して暴虐をきわめていますが、すべてはプーチンとロシア政府のさしがねによるものです。

 ロシアによる「チェチェン化」政策によって、ロシア人とチェチェン人が直接に戦う場面はほとんどなくなり、カディロフのような傀儡が、チェチェンを支配するようになりました。そのために、いっそうチェチェンの状況が見えにくくなっています。「ロシアによる軍事侵攻」から、「チェチェン人同士の内紛」というように、矮小化と隠蔽が進んでいるのです。

 グローズヌイには、そこかしこにプーチンやカディロフの肖像が掲げられています。そして、人はほとんど歩いていません。わびしい首都の風景です。(大富亮)  

●「チェチェン人のいないチェチェン

 今年(2013年)の5月に、チェチェンに帰ってきた。

 チェチェンから、出て行く人が止まらない。一ヶ月で、3千人が出国していった。ドイツが難民の受け入れを2万人、増やしていると聞いた。だから堂々と貸切バスで出て行く。小さい子どもや、老人も含めて、たくさんの人がチェチェンから出て行ってる。理由の一番は、仕事がないから。80%くらいの人が、貧困層になっている。

 きれいなのは表通りだけ。ちょっと中に入ると、本当に汚いよ。

 ロシア政府は、チェチェン人にみんな出て行ってほしいと考えてる。チェチェン人は他の民族とほとんど結婚しないから、ロシアに同化しない。いつまでも独立運動をするから、それなら世界中にちらばってほしい。

●カディロフ一派の「交通ルール」

 カディロフや、その親族は、ダゲスタン系みたい。西隣のイングーシには出撃していくけど、東のダゲスタンには出て行かない。ダゲスタンの中のことには関わりたくないと思ってる。イングーシに行くと、そこの人たちをいじめたり、めちゃくちゃなことをしている。政府や、軍の下の方は純粋なチェチェン人だけど、拷問とか、ひどい仕事をするのはダゲスタン系が多い。

 チェチェンでも、ダゲスタン寄りの地域は復興も早い。でも、南西部なんかは取り残されてる。

 チェチェンで走っている車のナンバープレートに、「KP ***(数字)A」って書いてあったら、カディロフ一派の車。たくさん走っているけど、この車はどんな検問も、交通法もフリーパス。窓ガラスに真っ黒なフィルムを貼ってる。車もすごくいい外国の車。ベンツとか。

 こういう車が200キロくらいのスピードで飛ばしているから、それ以外の貧乏な人たちの車は、ロシア製の安い車だから、ぶつかったらガタガタになる。だいたいそういう貧乏な人たちの方が子どもとか、年寄りをたくさん乗せていて、事故が起こったら全員死んじゃう。

 最近も、カディロフの姉が、赤信号を無視して走っていて、ふつうに走ってきた車にぶつけた。相手の車は親子連れで、みんな死んじゃった。

 カディロフ本人が乗った車の時は、ボディガードの車が前に2台ついて、220キロで走る。たとえば一台目が他の車とぶつかったら、後ろの車が追い越して走る。二台目が狙撃される。そうしたら三台目のカディロフの車が追い越して、役所や自分の屋敷に飛び込む。そうすればカディロフの命は助かる。そういうやりかた。本当にクレージー

 チェチェンでは、車の窓にフィルムを貼るのは、カディロフたちしか許されない。そんな国、どこにある? カディロフはネットのインスタグラム(写真ブログ)をやっているんだけど、そのコメントで、あるチェチェン人が、「カディロフさん、私はモスクワに住んでいるんだけど、窓ガラスを黒くしてもいいですか、お願いします」とか書いて、からかってた。

 モスクワからだったら、からかうこともできるけど、チェチェンに住んでいたら、できない。たとえば今年グローズヌイ・シティで高層ビルが火事になったでしょ。あの火事のとき、外からiphoneで動画を撮ってyoutubeに投稿したチェチェン人いて、その音声に、「やったな、いい気味だ」と言っているのが入っていた。

 カディロフたちはそのチェチェン人を探し出して、今は強制労働をさせてる。

●オリンピックが終わったら、カディロフは用済みか

 チェチェンでは、カディロフ一人を守るために、5千人以上の軍隊がボディーガードになっている。セキュリティのコストはものすごい。ふつうの、仕事を持っているチェチェン人の給料は月に200ドルくらいだけど、ロシアの最低賃金は300ドルだから、少ないね。

 警官や軍隊はその10倍よりもっともらう。数も多い。

 この人たちには、給料とは別に、ボーナスが年に6千ドルくらい出る。だけど1割は「カディロフ基金」にキックバックする。5000人で計算すると、ボーナスの分だけで3億円近い金がカディロフに入るんだ。これはすごいビジネスだね。

 みんな、「こんなのいつまでも続かない」って、言ってた。ソチオリンピックの警備をカディロフがやることになった。チェチェン人の軍隊は誰よりも強いから。でも、オリンピックが終わったら、プーチンにとってチェチェン人はまたいらなくなる。そうしたら、捨てられると思う。

●奪った金で施しをする

 5月9日は、カディロフの父親(アフメドハジ)が暗殺された日で、その日は食べ物が配られる。みんなから奪った汚い金で、施しをする。みんな怒ってる。

 アフメドハジ博物館というのがあって、行ってきた。1.5トンの金でできたシャンデリアが吊るしてあって、すごいでしょって。人が食べる物がなくて困っているのに、ほんとうにありえない。

 街中に、カディロフとか、アフメドハジとか、プーチンの大きな写真がかかっていて、アフメドハジの写真の下には、「私は国民のために死にました」とか書いてある。馬鹿みたいでしょう。

チェチェンのビジネスー助けてから、取り上げる

 チェチェンでビジネス? 嫌だよ。最初は助けてくれるけど、ビジネスがうまくいきはじめたら、「基金」が力づくで取り上げる。

 チェチェンの女の人ふたりが、モスクワでファッションの勉強をして、いいデザインのドレスをグローズヌイで売る店を始めた。人気はあったんだけど、その店がカディロフの奥さんのものにされちゃった。今はその二人、オーナーじゃなく従業員になって働かされてる。ふたりとも才能があるから、絶対逃がさない。

 カディロフの奥さん? 9人ぐらいいるって聞いてるよ。家族なんかじゃないよ。

 若い女の歌手が、人気が出てきたら、カディロフ一派の老人と結婚させられた。モスクワに逃げても、連邦保安局(FSB)が追いかけてくる。

 テレビでロシア語がわかる人が見たら、カディロフがひどいバカなのは誰だってわかるよ。数字を10まで数えられないんじゃない? 知り合いのアナウンサーが、テレビの取材で経済省に行ったら、ものすごく大きな建物の一階に、人がたったの4人。上の階の大臣に会って、今の経済のこととか聞こうとしたけど、まったくお話ができない。

 「それは私にはわからない」こんな答えばっかり。

●貧困と、強制失踪させられる人々

 物はたくさんあるけど、それを買う金をみんな持っていない。だから、通りで私が1000円分くらいかな、ソーセージとか、果物を買って親に持って帰ったら、「こんないいものずっと食べてなかった」って言われた。

 仕事が回ってこない。建設労働は一杯あるけど、トルコやベトナムから呼んで仕事をさせて、チェチェン人には回さない。

 誘拐とか、人殺しは今もたくさんある。逆に、独立派が山から出てきて、警官を殺して逃げるような、ヒットエンドランも結構ある。チェルノコーゾバって聞いたことある? 昔から、反抗的なチェチェン人を監禁する刑務所があって、今もたくさん人が入ってる。

 去年のことだけど、カディロフが大きなモスクで宗教会議をひらいた。そこで、「もっといい国にしたいから、遠慮なくアドバイスしてくれ」という。あるお坊さんが「言ったら私や、家族を殺さないか」と聞いたら、カディロフはみんなの前で「そんなことしない」と約束した。

 坊さんは、「あなたは偽善者だ」といった。あなたはアッラーなんか信じていない。イスラームと正反対のことばかりしている。そう言った。坊さんは2週間後に、あとかたもなく消えてしまった。

 別のお坊さんが、カタールに逃げて、ビデオで暴露話をした。カディロフは、タジキスタンで関係ない人を誘拐して、チェチェンに連れてきて、ヒゲが生えるのを待って、山で殺した。その写真を撮って、新聞に載せる。そうすると、掃討作戦完了なんだ。ヒゲが生えていると、イスラム過激派ということになるからね。

 そのお坊さんも、暴露話をしすぎると、カタールでも殺されると思う。

チェチェンを助けてくれる人はいない

 タクシーの運転手をやりたかったら、一日25ドルをカディロフに払えば、車を貸してもらえる。車を持っていたら、10ドル払う。

 グローズヌイでタクシーに乗って、運転手と話をした。「海外に逃げたいけど、こんなこと、いつまでも続かない。チェチェンに残って、カディロフたちに復讐する機会を待っている」という。

 よく聞いたら、警察をくびになった人だった。彼らは自分の仲間をふつうはやめさせないけど、くびにするときは本当にひどいいじめをする。ものすごく屈辱的なことがあったみたいだった。そのことは何も教えてくれなかった。

 しばらくチェチェンには行きたくないね。酒やヘロインをやっているカディロフ一派が車で飛ばしているし……。チェチェンには、仕事も人権もない。

 「血の復讐」の評判が世界で悪い? でも、これは山のゲリラのリーダーが言ったんだけど、「チェチェン人は誰かに助けてもらったことはない。これからもそうだ」。これはチェチェン人みんなが思っていること。国際社会なんて…。自分たちしか信じられないよ。

(聞き取り:大富亮)


2.グローズヌイ・シティの中にあった寿司屋。フィリピン人が握っていた。


3.グロズネンスコエ海(湖)の埋め立てが進んでいる。将来はドバイのようになるという。看板は、その想像図。チェチェンはロシアでもっとも多額の公共投資が行われているが、そのほとんどはモスクワにキックバックされるという。今は貧しい人々が住む地域だが、いずれは立ち退きを迫られるだろう。


4.ミヌートカ広場に続く道。


5.グローズヌイ空港。いたるところに、プーチンと、ネクタイのゆるんだカディロフの肖像がある。


6.暗殺されたカディロフ(父)



7.グロズヌイ中心部に作られた巨大モスク。



8.ロシア正教会。この近くにロシア人が集中している地区がある。そこは高さ4メートルの壁に囲まれていて、中に入るには2度の検問がある。FSBなどの治安機関員とその家族が住むゲーテッド・コミュニティだ。



9.テレク川の橋のたもとにあるオブジェ。チェチェン南部伝統の「塔」の形をしている。


10.プロスペクト・プーチナ(プーチン通り)。金持ちが住んでいるアパート。


11.グロズヌイ・シティ。この中に、フランス人俳優ジェラール・ドパルデューがカディロフにもらった5LDKの家がある。


12.ホテル・グロズヌイ・シティ。最近はアメリカの俳優スティーブン・セガールが泊まっていた。落ち目のセレブに大金を払って招待するのが最近のカディロフのブームだ。典型的な寂しい人。


13.南部の都市ウルス・マルタンの入り口。最近はどこでもこういう写真が町の入り口に掲げられている。


14.ウルス・マルタンに建設されているモスク。