チェチェンの子どもたちの状況について(メモ)
という報告があったので、いくつかインターネットで調べてみました。
すべて付け焼刃的に調べた情報なので、突っ込みどころなどありましたら、どうぞご指摘をお願いいたします。(邦枝)
新生児死亡率が40%?
「新生児の3人に1人が先天的な障害を持って生まれてくる」というだけでも、事実であればかなり衝撃的なのですが、チェチェンでは「新生児の平均生存率が60%」("on average in Chechnya only six out of every 10 newborns survive")*1という恐ろしい報告があります。しかも、これを報告したのは、ロシアの国営通信社「イタル・タス通信」で、情報源はなんとチェチェン共和国(親ロシア派)保健省。
原文:http://www.gateway2russia.com/art.php?artid=256726&rubid=&parent=&grandparent
2005年11月5日 「チェチェンでの違法な石油生産による乳幼児死亡率の増加」
チェチェンで環境汚染が進んでいることによって、国内の出生率に極めて悪い影響が出ている。チェチェン保健省の発表によると、今年生まれた3200人の子どものうち、2229人に何らかの疾患(pathological conditions)があり、チェチェンはロシアでもっとも乳幼児死亡率が高い地域の一つであるという。
本日、イタル・タス通信のインタビューに応じて、国立産婦人科病院のザルガン・ムツァエワ院長は、「新生児の平均生存率は60%である」("on average in Chechnya only six out of every 10 newborns survive")と述べた。ムツァエワ院長によると、とりわけ石油製品の違法な*2製造が胎児に悪影響を及ぼすのだという。
さらに、チェチェン保健省は、小規模な工場が原始的な工程で原油とガソリンの精製をしているため、住民の健康を損なっていると発表した。現在、グローズヌイにはそうした工場が2000棟以上ある。グロズネフチ[石油・ガス企業]の専門家によると、チェチェンでは、そうした間に合わせの石油施設で、毎日3000トンの石油が精製されているという。現地の環境活動家は、環境汚染の主な原因が、戦争中に破壊されたグローズヌイの大規模な生産工場だと主張している。環境活動家の情報によると、廃墟となった石油工場の地下には放射性物質が除去されないまま残っているという。
チェチェン保健省は「チェチェンでは、結核やウイルス性の伝染病―特にA型肝炎と腸管感染症―の発症率が増加している」として注意を喚起している。また、「ガンの発症数もこれまでにないほど増加している」という。
専門家によると、チェチェンの環境破壊を防ぐためには、全土で環境調査を実施し、最汚染地区で今すぐ環境を浄化しなければならない。
イタル・タス通信(モスクワ)
チェチェンの乳幼児死亡率が高いことは、保健省も認めざるをえない事実のようです。Jamestown, "Chechnya Weekly" Volume 3, Issue 5 (February 5, 2002) によると、チェチェンの乳幼児死亡率は少なく見積もっても35%に上るといいます。
依然として高い乳幼児死亡率
Kavkaz.strana.ru のヘダ・ハスマゴメドワは、1月30日に親ロシア派チェチェン政府のウェブサイトに寄稿し、「チェチェンでは依然として乳幼児死亡率が高い。各種統計によると、乳幼児死亡率は約35%に上る」と述べた。ハスマゴメドワは、「[親ロシア派]チェチェン当局が(訳注:実態を隠蔽するために)巨大な努力をしていることを考えると」この数値は控え目なものだろうと書いている。
こうした記事を読む限り、「新生児の3人に1人が先天的な障害を持って生まれてくる」というのは、あながち誇張ではないのかもしれません(3200人中2229人に疾患があるとすれば、その割合は70%になります)。ただし、ここでいう「何らかの疾患」(pathological conditions)というのは、必ずしも「先天的な障害」には当てはまりません。
新生児死亡率
ロシアはヨーロッパの国々の中でも新生児死亡率が高い国である。1000人中14人が死亡している。母体の死亡率は1万人中44件となっている。そして、保健省の統計では、新生児の58.8%が完全に健康(視力、聴力などが少し弱くても完全に健康だとしない)ではない。
という記述があるので、70%というのはそうした基準によるものと言えると思います。それにしても、こうしたデータを見ると、医療危機がロシア全体で深刻な問題となっていることがわかります。
口唇口蓋裂の増加
口唇裂とは上唇が生まれつき裂けている状態のことで、口蓋裂とは口蓋(上顎)が生まれつき裂けている状態を指します。口唇口蓋裂の発生原因は、まだ完全に解明されているわけではないのですが、環境的要因と遺伝的要因が複雑に絡み合い、一定の値(しきい値)を越えた場合に発生するというのが有力な説のようです。東京歯科大学のサイトより:
口唇・口蓋裂の発生する原因は、遺伝的要因と染色体異常と環境的要因との3つがあると考えられております。しかしこれらが単独で発症するのではなく、主に遺伝的要因と環境的要因とが複雑にからみあって発生するといわれております。これを多因子しきい説といいます。 この病気のかかりやすさ(易罹病性)は連続して変異しており、それらがある一定のしきい値を越えた時に発現するものと考えられています。
遺伝的要因には、DNAの変異、多型などの異常、遺伝があります。候補とされている遺伝子の基礎研究はなされていますが、未だ決定遺伝子の同定には至っておりません。
環境的要因には妊娠初期における子宮内の環境の他、タバコ、酒、薬、ビタミンAの過剰摂取、ウィルス感染などの報告がこれまでになされております。(これらは、動物実験において過剰量の投与により発症したものであり、必ずしも直接的な原因の全てであるとはいいきれません。)
日本で口唇口蓋裂の子どもが生まれる割合は500人に1人と言われています。いわゆる先進国では、口唇口蓋裂の子どもは幼児期のうちに治療を終えることが多いのですが、修復外科医療の知識や経験を持つ医師が不足している発展途上国では、多くの子どもたちが手術を受けることができず、顔面の奇形のために社会から疎外されています。また、口唇口蓋裂では、食事や発声に困難を伴うことが多いため、治療されずに放置されている子どもたちは、日常的に身体的・社会的な苦痛を受けていると言ってよいと思います。
では、口唇口蓋裂の発生率と戦争の関連性についてはどうなのでしょうか。「戦争は最大の環境破壊である」という警句からも、戦争の影響によって口唇口蓋裂の発生率が上昇するということは言えると思います。
たとえば、Rita Hindin, Doug Brugge, and Bindu Panikkar, "Teratogenicity of depleted uranium aerosols: A review from an epidemiological perspective", A Global Access Science Source, 2005 Augast 26 (「劣化ウラン煙霧の催奇性:疫学的観点からの概観」)によると、イラク第2の都市バスラでは、口唇口蓋裂の発症数は、1990年には1万2161人中1人でしたが、1999-2000年には2万6465人中21人に急増しました。
これもまた一例にすぎませんが、ベトナム・フエ医科大学のグエン・ベト・ニャン教授は、ベトナム戦争時に米軍が散布した枯葉剤の影響によって、口唇口蓋裂などの先天的障害を持って生まれてくる子どもの割合が増加したと報告しています。
チェチェンで劣化ウラン弾や枯葉剤が使われている可能性がどれくらいあるかはわからないのですが、ロシア軍がチェチェンを新兵器の実験場にしていることはほぼ確実で、亡くなったアンナ・ポリトコフスカヤがこの問題に関する記事を書いていたりします。正確な統計データがないとしても、チェチェンで口唇口蓋裂の子どもが増えているということは、現地の医師の証言によっても裏づけられているようです。