アンナ・ポリトコフスカヤ暗殺3周年 追悼集会

 ロシア・チェチェンの状況に、私たちができることは何か? 10月2日、東京・文京区民センターで午後7時より開催した追悼集会の内容です。NHK BSlで放送された記録映像を上映した後、アンナ・ポリトコフスカヤを悼んで黙祷。その後チェチェンの各方面で関わりをもち活動を行っている5人によるリレー・トークを開催した。トークの概要は以下のとおり。(司会:青山正=市民平和基金/ピースネットニュース)

林克明氏(ジャーナリスト)
 1995年からチェチェンに関わっており、現在は日本で活動を続けているが、現地への思いは尽きず、日本で何ができるかについて考えている。ひとつは、日本にいるチェチェン難民の安全や生活安定を図ること、そしてもうひとつは、殺害されたジャーナリストを偲びながら、同業者としてのジャーナリスト仲間を結集して何かやりたいということである。

岡田一男(チェチェンの子どもたち日本委員会)
過去にハッサン・バイエフ医師(専門:形成外科医)を日本に呼ぶ活動を行ってきた。バイエフ医師は、アメリカ在住だが、2006年以来、米国とチェチェンを行き来している。今年も2回チェチェンに戻り、日本の10倍という高い確率で発生している口唇口蓋裂(いわゆる「みつくち」)の無償手術を行っている。チェチェンの子どもたち日本委員会は、日本での先進医療技術研修の組織や、レーザー治療器の提供など、バイエフ医師の活動を支援している。また、精神トラウマをもつ子どもたちのために創作活動を通してリハビリしているアゼルバイジャンに亡命中のザーラ・イマエヴァの活動も支援している。
 最近のチェチェン情勢について。今年の4月、メドベージェフ大統領はチェチェン共和国を「北コーカサス対テロ作戦」の対象から解除したが、以降、人権活動家・ジャーナリストへの暴力や暗殺が多発、再び不穏な空気に包まれている。この解除で利権を失った者が少なくないのだ。カディーロフ政権下でも、活動を認められ、必ずしも政敵でもなかった人権活動家エステミロヴァやサドゥラーエヴァの暗殺が、カディーロフの殺害命令によるのかは、慎重に見て行かなければならない。メドベージェフは、御しやすい人物としてプーチンの後継者となったのだが、過去のロシアには権力者の役割分担がうまく行った試しが無く、複雑な内部抗争が始まっている。カディーロフを失脚させて、他の傀儡にすげ替えようと言う動きも繰り返されている。チェチェンとロシアに関することには不可解かつ不明瞭な点が多い。


川上園子(アムネスティ・インターナショナル日本)
 人権活動家は、人権抑圧を受けている人たちの代弁者であり窓口である。そうした人権活動家を国家は保護する義務があり、それを謳ったものが人権擁護活動家に対する国連宣言である。2007年のアムネスティレポートでも指摘しているとおり、チェチェンにおける強制失踪、恣意的拘禁、強制収容所の存在は大きな問題である。当局によるこうした行為がまかり通っており、北コーカサスは事実上無政府状態である。また、欧州人権裁判所で2009年5月までに100件あまりの訴えが「ロシア政府に責任がある」と判断されたが、ロシア政府はこの判決を無視し続けている。また、当局の暴力に対して市民による監視能力が弱まったほか、NGOの活動が規制されている状態でアムネスティとしてやれることがないという絶望的な気持ちになる。しかし、こうした状況にあってもアムネスティでは、事実を伝えたり大統領あてに直接メールを送るウェブアクションを起こすことで活動を続けている。

阿部唯史(白水社編集部)
 9月中旬に「チェチェン 廃墟に生きる戦争孤児たち」を上梓。これは1994−96年、2006−07年にチェチェンの戦争孤児施設で取材を行ったノルウェーのジャーナリストの取材記を翻訳したものである。チェチェンのことなど聞きかじった程度の知識しかなかった翻訳者と編集者は、この本を通じてチェチェンの大きな問題について認識を深めた。ちなみに戦争孤児施設を運営していた夫妻は、児童虐待被疑でリトアニアにて逮捕され、そのまま裁判にかけられている。

A(自由コーカサス
 チェチェンでは、第一次戦争以降休むことなく多くの人が殺され、連行されている。自由独立のために戦えば、その報復として一般住民に対する殺害・拘束が行われる。これまで自分は難民として表に出ていなかったが、ヨーロッパで社会政治運動「自由コーカサス」が旗揚げするにあたり、自らの存在を公然化することを決意した。

出席者の質問
カディーロフはどうして権力をもつことになったのか?

ガカーエフ
多くのチェチェン人は彼を支持していない。カディーロフの父親も本人も、ロシア側によって権力を与えられた人間である。本当に支持している人など、人口の10%以下だと思う。

出席者の質問
独立派のマスハードフ大統領の下で、ロシア側との交渉を行っていたザカーエフ氏(現在は西側に亡命)に対するあなたがたの評価は?

ガカーエフ
多くのチェチェン人は、彼を尊敬してきたのは事実だが、最近は失望に変わった。それは、カディーロフへの積極的評価を公言しだしたからだ。これには、莫大な金が動いたと言われている。*1

出席者の質問
かつてチェチェンマスハードフ大統領とロシアのエリツィン大統領は二国間の国際条約として平和条約を結びました。このとき随員として立ち会ったのは、ザカーエフとウドゥーゴフという二人でした。そのウドゥーゴフ氏らのイスラム主義グループは、*2バイエフ医師のチェチェンでの活動を裏切り者と非難しています。このことを、あなた方は、どうお考えなのですか?

ガカーエフ
ウドゥーゴフ一派がバイエフ医師を非難する理由は、私にはわからない。一般にチェチェン人は、ロシア人もチェチェン人も分け隔てなく治療をしたバイエフ医師を尊敬している。

出席者の質問
ロシア側と戦っている指導者について?

ガカーエフ
今も武装抵抗運動を続けている指導者としては、ドッカ・ウマーロフがいます。彼はチェチェンだけでなくコーカサス全体の武装闘争を指導しています。*3

ガカーエフ
「自由コーカサス」の参加者はどのくらいいるのですか?

 今のところ日本では私一人。議長は、デンマークに亡命中のイサー・ムナーエフというチェチェン独立戦争を生き延びた野戦司令官だ。国外ではあまり知られていないが、チェチェンでは非常に有名で人望のある人物だ。 日本も北方領土をロシアに占領され、チェチェンと共通の問題を持っていると思う。

 2008年には、南コーカサスグルジアが、ロシアの軍事侵攻で南オセチアアブハジアを占領された。その中で多くの民衆が家や家族を失った。これからも日本の皆さんがチェチェンだけでなくコーカサス全体の問題に関心を持ち続けてほしい。そして、傷つけられ苦しめられている多くのチェチェンの人々に心を寄せてほしい。*4

 11月20日に開催される「アンナへの手紙」上映についてのアピール、日本で難民認定を待つチェチェン人の生活について言及があり、支援継続の訴えをもって閉会した。

(報告/文責=滝沢三佐子)

*1:以下は訳注:もともとザカーエフ氏のロンドンでの活動は、ロシアのオリガルヒ(新興財閥)でロンドンに亡命中のベレゾフスキー氏によって支えられていました。元FSB将校で毒殺されたリトビネンコ氏も同じです。ただアメリカの株大暴落でベレゾフスキー氏も大打撃を受け、ザカーエフ支援が困難になった。あろうことか、新しい金づるとして西側世界での認知を求めるカディーロフ氏が登場した

*2:自分たちのウェブサイト、カフカス・センターなどで

*3:ウマーロフは、前任者4人が全てロシア側によって殺害されたチェチェン共和国イチケリアの第5代「大統領」でしたが、2007年秋にウドゥゴフ一派に影響され、大統領職を放棄し、チェチェン共和国イチケリアの廃止と、北コーカサス全域のイスラーム国家「カフカス・イマラート(コーカサス首長国)」を宣言しました

*4:カフカス・イマラート」には、コーランとスンナに基づくイスラム法シャリーア)に基づくイスラーム国家建設という宗教色の強い中に、コーカサス諸民族の団結という民衆の願いが絡まっています。「自由コーカサス」もコーカサス諸民族の団結という民衆の強い願いがもたらしたものであることは変わりませんが、イスラームというファクターは個々人の信仰として大切にしつつ、イスラーム圏に入るアゼルバイジャンのみならず、キリスト教国家であるグルジアとの団結を重視しています。