#310 「グローズヌイの天使」はなぜ逮捕されたのか

*「グローズヌイの天使」はなぜ逮捕されたのか
* カディロフ、メモリアルの代表者を名誉毀損で訴える
* ロシア政府、欧州人権裁判所の判決を受け入れながら、賠償を渋る

(#309は、ほとんど#307と同じなので、当サイトでは割愛します)

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「グローズヌイの天使」はなぜ逮捕されたのか


 白水社から9月に発売されたばかりの『チェチェン 廃墟に生きる戦争孤児たち』の訳者、青木玲さんから貴重な情報をお寄せいただいたので、紹介します。この本の登場人物で、グローズヌイで孤児院を運営していたハディジャトさんが、いまリトアニアで逮捕されている一件です。

 孤児院といえば、8月に殺害されたザレーマさんも、戦争で傷ついた子どもや若者の支援活動をしていて殺されました。ハディジャトさんがリトアニアに逃げなければならなくなった理由はわからないのですが、わかるような気もします。

 なおこの本は、明日の集会の会場で特別価格で販売されます。この機会に、ぜひお買い上げください。(大富)

チェチェン 廃墟に生きる戦争孤児たち

チェチェン 廃墟に生きる戦争孤児たち

 (以下の報告:青木玲/翻訳家)

 『チェチェン 廃墟に生きる戦争孤児たち』に登場する孤児院の運営者ガータエフ夫妻*1が、昨年10月、滞在中のリトアニアで逮捕されたことは、本書のあとがきでお伝えした通りです。勾留された二人はその後、裁判にかけられ、今年6月、家庭内虐待(domestic abuse)罪で懲役10カ月(それまでの勾留期間を含む)を言い渡され、カウナスで服役していたとのことです。

 この事件はリトアニアのメディアは小さく報じたようですが、海外での報道は乏しく詳細がなかなか伝わってきません。しかし、夫妻の支援サイト( http://gataevs.weebly.com/index.html )や
欧州の人権組織が本件をフォローし英文も掲載されていますので( http://humanrightshouse.org/Articles/11499.html )、これらをもとに、わかる限りで経緯を簡単にお知らせしたいと思います。

 裁判の結果、虐待で有罪とされた二人は、判決を不服として控訴、検察のほうも、当初の容疑(金銭の搾取)で有罪とするため再審を求めていたようです。今年8月14日に刑期を終えていた二人は、9月9日にいったん釈放されたものの、8月25日からカウナス地裁で始まった再審(検察の要求した審理のみ)の結果、最初の裁判で証言者自らが撤回したという証言が採用され、再び勾留(ハディジャトさんは入院中とのこと)。そして9月25日、被告不在の法廷で、サイトの英語を直訳すれば「上納金取り立て」(protection racket)の罪で、新たに懲役1年6ヶ月(これまでの11カ月含む)が言い渡されたのことです。

 本書にも書かれているように、夫妻はリトアニア政府の許可を得て、チェチェンの子供たちの一部を同国(カウナス近くの施設)で保護していたわけですが、昨年10月16日、突然、国家保安部の覆面警官に拘束され、その後の裁判でも、弁護士や証人への脅し、不自然な非公開審理など、偏向した裁判で夫妻が不当な処分を受けていると、支援者らは訴えています。

 今年7月30日、カウナスで収監中の二人に面会したインタビューが、リトアニアのあるサイトに掲載されていますので、英語に強い方はこちらもご覧いただければ幸いです( http://slaptai.lt/readarticle.php?article_id=860 )。また"gataev"で検索すると映像もYouTubeで見られます。

 ここでは、ある娘の行状を巡り、夫妻と彼女の間で激しいやりとりがあり、ハディジャトさんがその女性を一回軽く叩き、夫のマリクさんが殺すという意味のことを言ったことが罪に問われたこと。しかし、そのときの会話がなぜか録音されており、また行いの悪い子供を叱るのは親として当然のつとめとの言い分をまったく聞いてもらえなかったこと。検察に都合のよい証言を得るため子供への脅迫もあったことなどが語られています。

 夫妻には、欧州の協力者とともに子供たちの救援活動を広げる計画があったそうです。不明な点の多い事件ではありますが、現在、カディロフ政権が国外に逃げたチェチェン人を積極的に帰国させる政策をとっていることから考えると、今回の摘発の背後に何らかの利害対立、政治的意図が絡んでいる可能性も否定できないかもしれません。今年8月上旬、欧州の支援グループがリトアニアの首都ビリニュスで開いた人権擁護の映画祭には、欧州議会の人権小委員会のHeidi Hautala委員長も参加し、支援者とともに夫妻がロシアに強制送還されることに危惧の念を表明しています。さらに、7月に暗殺されたメモリアルのナタリア・エステミロワさんの最後の記事のひとつが、夫妻がグローズヌイで保護していた孤児のひとりの誘拐事件だったというのも、不気味な符号です( http://cinemafhr.net/index.php?id=13 )。

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カディロフ、メモリアルの代表者を名誉毀損で訴える

 ラムザン・カディロフが、メモリアルのオレグ・オルロフ氏に対して名誉毀損で訴えているようです。

 いきさつはこうです。メモリアルの職員、エステミロワさんはカディロフから脅迫を受けていました。その後この7月ににエステミロワさんが殺害されたことから、オルロフ氏は「エステミロワを殺したのはカディロフだ」とメディアで語った所、カディロフから訴えられたわけです。

 ヒューマンライツ・ウォッチは、カディロフは自分の名誉をこんな手段で守ろうとするより、事件に対する独立した捜査を行い、その結果で示すべきだという声明を出しました。まったくその通りだと思います。次のサイトに詳細な情報があります。

http://www.hrw.org/ja/news/2009/09/09-1


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ロシア政府、欧州人権裁判所の判決を受け入れながら、賠償を渋る

 以前から欧州人権裁判所では、チェチェン問題について、ロシア政府の敗訴が続いていましたが、最近は被害者への賠償金の支払いを渋ったりするケースが出てきています。事実関係から考えると、かなり悪質だと思います。ヒューマンライツウォッチの声明です。

 ヒューマン・ライツ・ウォッチの報告書で取り上げられている事件の1つに、ハージ-ムラト・ヤンディエフ(Khadzhi-Murat Yandiyev)氏に関わる事件がある。2000年2月2日、母親のファティマ・バゾルキナ(FatimaBazorkina)氏は、夜のニュースで連邦軍が息子を逮捕している映像を見た。映像では、ロシア陸軍准将のアレクサンダー・バラノフ(AlexanderBaranov)が兵士たちに「来い、来い、来い、やってしまえ、こいつを連れていけ、とどめをさせ、撃ち殺せ!」と叫び、その後ロシア兵がヤンディエフ氏を連行していくシーンを映し出していた。以後彼は消息を絶ち、遺体も発見さ
れていない。

 2006年、欧州裁判所は、ロシア政府はヤンディエフ氏を不法に逮捕し、殺害したあげく、彼の失踪に関して適切な捜査を行わなかった、との判決を下した。今日まで母親のバゾルキナ氏は、ロシア捜査当局から息子の消息について何の情報も得ていない。

 欧州人権条約の締約国として、ロシアは欧州裁判所によって決定された損害賠償金と法定費用の支払いに従う義務がある。ロシアはこの支払いには応じたが、これのみならず、個々の事件に対応し、類似の違反行為が発生するのを防ぐために、政策や法の改定を行う必要がある。

 2005年から2009年の間に下されたチェチェンに関する欧州裁判所の判決は、1999年から2004年までチェチェンで行われた、ロシア軍及び情報機関の作戦における違反行為と関連がある。殆ど全てのケースにおいて、同裁判所は、ロシアは自国軍兵士が犯した犯罪に対する効果的な捜査を、日常的に怠っていた、と判断。このような事件における違反行為を是正するための重要な措置のひとつは、ロシアが捜査を行い、犯人を裁判にかけるということである。しかし、欧州裁判所の判決が下された後でさえ、ロシアは捜査を事実上行っていないとヒューマン・ライツ・ウォッチは明らかにした。

 つづきを読む: http://www.hrw.org/ja/news/2009/09/28

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*1:夫妻の活動は、紛争のさなかのロシアとチェチェンの子供を独特のタッチで描いたフィンランドのドキュメンタリー『メランコリーの3つの部屋』でも取り上げられています。この作品はNHK・BSで何度か放映されており、チェチェン総合情報の今年6月6日の記事で内容が詳しく紹介されています。(http://d.hatena.ne.jp/chechen/20090606/1243902327#seemore