エステミーロワ殺害事件:人権活動家はロシア政府を信じない

(独紙シュピーゲル/2010.7.16)

 人権活動家のナターリヤ・エステミーロワ殺害事件の犯人は「すでに特定されている」──今週、ロシアのメドベージェフ大統領は、ドイツのメルケル首相に対してこう語った。しかし多くの人は信じていない。ひとつには、その容疑者がエステミーロワを殺す動機が大してないこと。もうひとつは、容疑者がすでにロシア当局によって殺されているからだ。

 メルケル首相のロシア訪問は、エカテリンブルグでの、ドイツ・ロシア閣僚会合のためのもので、わずか1日の滞ロとなった。その短い時間のなかで、メルケル首相はナターリヤ・エステミーロワ殺害事件について、ロシア側に質問をしたのだった。

 メドベージェフの答えは、意外にも即答だった。「捜査がまったく進んでいないなんてことはない。捜査は懸命に、国際的に続行されているし、犯人もすでに判明しているんですよ」

 しかし、エステミーロワの同僚はそうは見ていない。メモリアルのアルセニ・ロギンスキー代表は大統領の発言について、「あきらかに間違った情報に左右されている」とコメントする。

 モスクワの『ノーバヤ・ガゼータ』紙の記事からも、同様の意見が汲み取れる。ロシアの捜査当局は、殺害事件の犯人として、チェチェン民兵アルフズール・バシャーエフの名を挙げているのだが、バシャーエフ本人は2009年11月にロシア治安部隊によって殺されているので、彼に尋問することもできない。

 「メドベージェフは、わずかな情報しかないのに口をすべらせたんだ」と、メモリアルの広報担当者のアレクサンドル・チェルケソフは言う。

 エステミーロワは、2009年の7月15日に、グローズヌイで誘拐され、数時間後に銃殺されているところを発見された。当時、彼女はチェチェンでの、ロシア軍と、ロシア政府が後ろ盾となっている親ロシア派チェチェン民兵による人権侵害についての調査を重ねていた。親ロシア派のラムザン・カディロフ大統領は、殺害直後に彼女について「恥知らずの女だ」とメディアに語った。メドベージェフはこの事件に、一応弔意と捜査の意志を表明していたのだが。

 『ノーバヤ・ガゼータ』紙のエレーナ・ミラシナ記者によれば、捜査はわりに早く着手されていた。「しかし、それはすぐに中断された」という。チェルケソフは例のバシャーエフの件について、「まったく納得がいかない」と答えている。当局側はエステミーロワが、バシャーエフについての批判的な記事を書いたために、バシャーエフが恨みを抱いて犯行に及んだとしている。「要は死んだ人間に罪をなすりつけようとしているんだ」と、チェルケソフは考えている。

 エステミーロワは、バシャーエフ個人についての記事を書いたわけではない。それに、捜査当局は他の、もっと可能性の高い容疑者をあらかじめ排除している。殺害されたエステミーロワの爪の間からは3人の男のDNAが発見されているが、これについての捜査はまったく進んでいない。

 ロシア政府当局は、メドベージェフがメルケルに対して答えた「国際的な捜査」や、バシャーエフについて答えることを避けている。「私たちは何にも知らないよ」と、政府の報道官たちは一様に口にする。

 メモリアルはもとより、ロシアの人権活動家たちは概ね、チェチェンのカディロフ大統領がエステミーロワの殺害の背後にいると確信している。カディロフは頑固に犯行への関与を否定しているが、メモリアルに対する敵意は常に口にせずにいられない。「やつらは人民の敵だ。国家と、法律の敵だ」と

The Murder of Natalya Estemirova
Rights Activists Doubt Moscow's Explanation
By Benjamin Bidder in Moscow
http://www.spiegel.de/international/europe/0,1518,706854,00.html