鈴木宗男/佐藤優 「北方領土『特命交渉』」

北方領土「特命交渉」

北方領土「特命交渉」

 思うところあって、チェチェン専門書以外の本でチェチェンについて書いてあったら書評してみる。強調はいずれも筆者(大富)。

 この本の「外務省の暴走」という見出しの下に、鈴木宗男氏のこういう発言があった。

 ちょうど同じ時期(99年9月)、G8外相会議でアメリカやイギリスが中心になって、人権問題でロシアを叩こうという動きがあった。外務省は、河野(洋平)さんという人権派の政治家が外相になったのをいいことに、この動きに同調しようとした。しかし、日本は、橋本龍太郎小渕恵三という二人の内閣総理大臣が、「チェチェン問題はロシアの国内問題であり、ロシアが解決すべき問題だ」と明言しているのです。
 そのような経緯があるにもかかわらず、アメリカ、イギリスのお先棒を担いでロシアを叩くというのは、内閣総理大臣が定めた日本政府の方針を無視した暴走でしかありません。
 ーー私が間違っていたとは思っていません。国際テロの脅威と闘っているというロシアの主張には客観的根拠がありました。(p120)

 ・・・というわけで、鈴木氏はこの動きの張本人であった竹内行夫総合政策局長(当時)に「厳しく問いただし」たのだという。それで恨みを買って云々、とこのしょうもない話はつづくわけだが、99年というのは、チェチェン戦争がもっとも激しかった時、というより、一方的なロシア軍の空爆で一般市民の上に爆弾がどんどこどんどこ落とされていた時期である。(もちろん、といっては悲しいが、「客観的根拠」は書かれていない)

 その時期に、出所不明の「国際テロの脅威」とチェチェンを勝手に結びつけて、西側諸国としてのロシア非難決議への参加をやめさせたことが、お手柄話として語られるところに、この人たちの凄さというか、凄いズレがある。

 チェチェンの人々の受難は、あるいは戦争に巻き込まれて死んでしまうロシアの人々のそれも含めて、みんな私たちーー日本やその他の国で暮らす私たちの生活の延長線上にあるのではないかと、ときどき思う。関心をもたず、あるいはその無関心と引きかえに何か成果を得ようとする卑屈な官僚や政治家を許している私たちの生活に、たとえば。

 佐藤氏はこう言う。「チェチェンー国際テロリズム」の関係を理解することが、北方領土交渉に深く関わっていて、理解できていなければ「頓挫する可能性があった」と。チェチェン問題を人権問題としてロシアに言い立てれば、島は帰ってこないという意味だろう。ふーんそうか。結局日本は非難声明に加わらなかったわけだが、一つでも島が帰ってきたろうか? チェチェン人20万人の死と引きかえに北方領土が帰ってくることを、私たちは望んでいたのだろうか? 

 いいや、それらはまったく別の問題だったのだ。しかしロシア側は日本の対外政策を御して自国の評判を下げないために、「チェチェン北方領土は関係している」と示唆してきて、それに乗ってしまった人々がいたのだ。ちょうどこの本の著者たちのように。

 しかしこの本をあるレベルで信じてみるとすると、興味深いことがいろいろ書かれている。

 佐藤 外務省にあきれてしまったのは、「これ(モスクワアパート爆破事件)はエリツィン政権を浮揚させるための自作自演だ」という人たちがいたことです。(p228)

 へえ、なかなか見識がある人がいたんだな・・・。

 ロシア政府がチェチェンとの戦争に突入するために自国民を殺したという話は、始めて聞いた人にはショッキングかもしれないが、ありうることだ。傍証として、連続爆破事件が続いていた時期に情報機関が地方都市の集合住宅に爆弾を仕掛けて、それが不発のままで地元の警察に発見され、押収されて数日後、「あれは訓練だった。爆薬ではなくて砂糖だ」と不可解な発表をした「リャザン事件」がある。

 爆薬を鑑定した技師や、逃走する情報機関員の電話連絡を傍受した電話局員の証言も収録された、この本(↓)は絶対に買いだ。

ロシア闇の戦争―プーチンと秘密警察の恐るべきテロ工作を暴く

ロシア闇の戦争―プーチンと秘密警察の恐るべきテロ工作を暴く

  • 作者: アレクサンドル・リトヴィネンコ,ユーリー・フェリシチンスキー,中澤孝之
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2007/06
  • メディア: 単行本
  • 購入: 1人 クリック: 51回
  • この商品を含むブログ (11件) を見る

 結局日本政府の見解としては、「チェチェン問題はロシアの国内問題だ」という線に落ち着いたと記憶している。これは、DVなり、児童虐待が起こっていると分かり切っている家庭の様子を知りながら、「その家の問題だから」と何の手出しもしないことにしたご近所や警察、児童相談所があると考えればわかりやすい。

 99年の日本とは、そういう場所だったということだ。そしてもしかしたら、今も。

プーチン政権の闇―チェチェン戦争/独裁/要人暗殺

プーチン政権の闇―チェチェン戦争/独裁/要人暗殺