田原総一朗/佐藤優「第三次世界大戦」

第三次世界大戦 新・帝国主義でこうなる!

第三次世界大戦 新・帝国主義でこうなる!

 次は佐藤優氏。

 「インテリを戦略的に優遇し、懐柔するプーチン」という小見出しについで、こういう下りがあります。

 田原 モスクワで殺された女性記者がいたでしょう。
 佐藤 アンナ・ポリトコフスカヤ。私は彼女にあまり同情していません。彼女は日本で言えば実話誌の記者で、マフィア抗争に深入りしすぎた。NHK出版から『プーチニズム 報道されないロシアの現実』という本が出ているけど、タイトルがインチキ。全部ロシアの新聞の翻訳ですからね。プーチンについても、人間のクズで血塗られた男だと、形容詞のいっぱい付いた読むに堪えない文章を書き散らした。あの政権批判は、中核派の『前進』や革マル派の『解放』のトーン。人気もないです。読んでつまらないんだもの。(132p)

 なんとまあ、主観的な批判だろうか。

 『プーチニズム』は、アンナがロシア各地を歩いて取材したものを、政権・社会の腐敗に対する批判と、時には彼女自身に対しても向けられる厳しい視線も交えてつづられた本で、決して読後感の軽い本ではない。

 この本に所収された文章が、たとえば彼女が所属していたノーヴァヤ・ガゼータ紙で発表されていたとしても、それをもって「すでにロシアの新聞に載ったのだから〈報道されない現実〉ではない」というのは、ためにする議論というものだろう。実際、ノーヴァヤ・ガゼータはモスクワで十万部前後が出ているだけで、サンクトでは販売所すらもないし、この本もロシアでは出版されず、原著が英語版だ。

 その後の中核派革マル派云々は、無関係なものを持ち出したレッテル張り以外の何者でもない。主観的な文章に「主観的だ」と指摘しなければならないのは残念だし、下品な文章を「下品だ」と書くのは、自分をわざわざ低レベルの争いに落とすようで気が引ける。が、読むに堪えないのはこの本である。

 さらに佐藤氏は続ける。

 佐藤 (ポリトコフスカヤの死は)マフィア間抗争の犠牲者と私は見ています。プーチンはあの記者を、バカにしていましたけど、大切にもしていました。意図的に彼女に書かせていたんです。こんなめちゃくちゃなことだって書けるから言論の自由がある、と弁解するために。ポリトコフスカヤが有名になったわけは、こんなひどい記事が出たと大統領府が配ったから。それでも自由にさせているよ、と宣伝するためですよ。

 田原 じゃあプーチンは彼女を守らなきゃ。なぜマフィアに殺されるままにしたんですか?

 佐藤 守れないような抗争に巻き込まれたんでしょう。彼女はチェチェン独立派寄りの記事を書いていたけど、チェチェンの人権報道はマフィア利権とからむんです。軍が関与できない地域はマフィアが仕切って、石油の輸出とかやりたい放題。その場所で取材するわけですからね。ロシア人もそこはわかって記事を読む。もちろんマフィアが記者を殺すことはよくないし、彼女のようなもの書きも出てこないといけないと思っている。しかし、プーチンが殺したという点に関しては、ほとんどみんな懐疑的です。

 佐藤氏の言説の中でチェチェンの背景が説明されるとき、歴史的経緯(ロシアによるチェチェン侵略の歴史)は省略される代わりに、なんの典拠もなくチェチェンマフィアや、国際テロとのつながりなどが語られ、読者をミスリードしようとしているように読める。

 ここでは、「アンナはプーチン政権ではなく、マフィアに殺された」というものだが、ではどんなマフィアに殺されたか、情報源は何かというような説明はない。おなじように根拠なく、「プーチンはアンナを大切にしていた」とまで言い、あくまで政権は暗殺に関与していないという印象を読者に持たせようとするのである。

 けれどもこのレトリックは自己撞着している。ソ連時代にも、「ノーヴォエ・ブレーミヤ」誌では比較的自由な論陣が張られ、外国でも読むことができたのだが、これこそ「自由な報道もある」という弁解のためだった。そのソ連時代に言論の自由があったなら、アンナが「大切にされていた」新生ロシアにも言論の自由はあったことになろう。すべてはアンナの死によって空しい言葉遊びになってしまったが。

 2000年代、チェチェン戦争を進めるプーチン体制のもとで数十人のジャーナリストが殺害され、当局がおざなりな捜査しかしないために、犯人は一人も検挙されていない。ロシア政府が殺害に関与した証拠はまだ立証されていないかもしれないが、事態を放置していることだけでも、十分に重い責任がロシア政府にはある。

 佐藤氏は、リトヴィネンコ暗殺にロシアは関わっていないという見解を披露した上で、こう言う。

 そのあたりの話は、リトビネンコ事件の1年ほど前にロシアで封切られた映画『大統領のカウントダウン』に全部描かれています。ロシアでは700〜800万人が見たアクション映画で、日本でも公開され、DVDになっている。ポクロフスキーという名のベレゾフスキーらしき金融資本家、リトビネンコなんかに該当するチェチェン系とつながった元情報機関員、連邦保安庁のヒーローなんかが出てきて、ロシアの政治の構造はこうなっているとよくわかる。2時間ぐらいで観ますと、ロシア側から見たチェチェン問題、財閥問題、マフィア問題などがだいたいわかります。ロシアに興味がある人にはお勧めのDVDですよ。(134p)

 ・・・よりによって、のトンデモ映画である。くわしい解説は、以前チェチェンニュースで試みたので、そちらを読んで欲しいのだが、娯楽映画としての面白さはあまり期待しない方がよいだろう。ただ、ロシア政府、とくに軍や連邦保安庁チェチェン問題をどうプロパガンダしたいかは伝わってくる作品なので、私も佐藤氏とは別の意味で「よくわかる」からお勧めの映画ではある。チェチェン人の描き方の粗雑さをはじめとして、実に手前勝手な作品である。

映画「大統領のカウントダウン」 または、笑えるプロパガンダ
http://chechennews.org/chn/0608.htm

 とりあえずこの「第3次世界大戦」の中では、ロシアのまわりで反抗すれば、すべて「バカなことを」する国ということになる。そういう本だ。