11月20日「アンナへの手紙」上映会 開会挨拶

 みなさん今晩は。これから、「アンナへの手紙」上映会を開会いたします。この会は、チェチェン戦争に反対し、チェチェンに平和と自由を、そしてロシアに民主主義を求める市民運動を行っているチェチェン連絡会議と、国際的な人権擁護の活動を続けている、アムネスティ・インターナショナル日本の共催で準備された会です。私は、その準備にあたった一人で、チェチェンの子どもたち日本委員会の共同代表をしている岡田一男です。普段は科学映像の制作にあたっている映像作家です。

モスクワで映画製作を学び、旧ソ連のいろいろな地域で抑圧された人々、民族に無関心では、いられなかったため、必然的にチェチェン問題に行き当たりました。そういうことで、今日の上映会は、自分自身が大いに期待していた催しです。たしかに現代の映像は、圧倒的にテレビで、あるいはインターネットを通じてウェブ上で観るものとなっていますが、大きなスクリーンで見るのが本筋と私は思っています。
今日見る作品は、フランス生まれで、スイスでドキュメンタリー映画製作を行っているエリック・バークラウトの作品です。彼が、ロシア問題、チェチェン問題に関わったのは、この作品が、初めてではありません。この作品の前に、彼は、「コカ: チェチェンからの鳩」という作品を作っています。今晩、見る作品の中にも登場する、ザイナブ・ガシャーエワという、チェチェン人女性を主人公に、彼女の戦争孤児を守る活動を中心にした作品です。その作品の中にも、ザイナプを支える人々の一人として、アンナ・ポリトコフスカヤ記者が登場します。 

ロシア政府は第一次チェチェン戦争に敗北したことを教訓に、徹底した情報封鎖を行ってから第二次チェチェン戦争を再開しました。しかしその戦争は、十年たっても決着がついていません。その中で多くの人々が情報封鎖を破る戦いを行ってきました。アンナは、その戦いの中で殺害されました。情報封鎖を破ろうとして、さまざま国の映像人が、あるいはジャーナリストが知恵を絞ってきました。よく見るとヨーロッパの小さな国々の映像人ががんばっています。

エリックはアンナと同世代のスイスの映画人ですが、オランダのヨス・デ・プッターも、チェチェンで良い仕事をしています。この人は「踊れグローズヌィ」をはじめ、印象深い作品を作っています。そして、こうした人々に支えられて、ロシア自体の映画人も、自国で制作が困難な場合、しばしば国外に出てチェチェンをテーマにいい仕事をしています。たとえば「踊れグローズヌィ」では、当時外国人に取材が難しかった占領下のチェチェン潜入取材を、ロシア人女性映像作家マーシャ・ノヴィコワが引き受けています。

彼女は、ヨスと共同して「追悼! アレクサンドル・リトビネンコ」を作ったあと、ポリトコフスカヤ記者殺害をテーマに「アンナ 最前線での7年間」という作品を制作し、この映画は、昨年春にアムステルダムで開催されたオランダ・アムネスティインターナショナルの催した国際人権映画祭の開会式で初上映をされています。

それから今日の作品の中での短いインタービューに応じている、ロシアの映像作家、アンドレイ・ネクラーソフという人がいますけれども、彼はチェチェン戦争再開するため仕組まれた集合住宅爆破事件を扱った「ディスビリーフ」、日本語でいうと「不信」という作品を制作し、この作品も国際的に非常に高い評価を受けた作品ですが、そのあと「暗殺 リトビネンコ事件」を作りました。「踊れグローズヌィ」や「暗殺 リトビネンコ事件」は日本語字幕つきのDVDが作られています。この会場でも、いろいろなチェチェン関連書籍とともに売られております。よろしければご購入くださいませ。

アンナ・ポリトコフスカヤ記者の殺害というのは非常にショッキングな事件ではありますが、ロシアではチェチェン戦争でおびただしい人命が失われています。チェチェン人の人口の実に4分の1、25万人以上が殺され、そのうち4万人以上が、なんの罪もない子どもたちです。ロシアではチェチェン戦争に反対したがゆえに、政治家やジャーナリスト、人権活動家が殺されています。ポリトコフスカヤ以前にも、ポリトコフスカヤ以後にも、殺され続けています。チェチェンの独立を求め、シャリアートというイスラム法の下に国家を求めて戦う人たちだけではなくて、ロシア法にもとづいて、法のもとでの平等を求めたに過ぎない人権活動家、法の無視を報道したジャーナリスト、戦争終結後主張した政治家が、邪魔者として殺害されています。

アンナ・ポリトコフスカヤの追悼をこうして私たちが行うのも、そうしたロシアの中で高まる風潮に逆らう人々に連帯し、私たち自身が少しでも協同し、反対するためです。私は殺された人々は、私たちの記憶の中に生き続けるのだと思っています。彼らが本当に死んでしまうのは、私たちが彼らを忘れてしまうときです。忘れないために、私たちの内なるアンナを殺さないように、忘れないようにするために、アンナの本を読み、彼女に関する映像をみんなで観ることをこれからも続けましょう。

それは自分たちの支配のために、人々の記憶を抹殺しようとする勢力に対して、強力な抵抗になるものだと、私は考えております。

それでは「アンナへの手紙」の上映を始めます。