#447 イスラーム国人質事件への私たちの立場

チェチェンニュース(転送・転載・引用歓迎)


 イスラム国による人質事件のことです。

 チェチェンを取材する人にとっても、何者かに拉致され、人質になってしまうということは、他人ごとではないと思います。

 たとえば1999年にも、ロシアのアンドレイ・バビツキー記者がチェチェン戦争を取材中に誘拐される事件が起こりました。(ただし、この事件はロシア治安機関による仕込みの疑いが強い)

 そこで、「ガザの人々を殺すな!実行委員会有志」の見解を、賛同しつつ紹介します。

 特に、湯川さん、後藤さんが誘拐されていることを知りながら、中東を歴訪して、イスラム国を刺激してきた安倍首相に対しては、怒りを感じずにはいられません。イスラム国を挑発し、人質を見殺しにし、そのうえ事件を憲法改正のきっかけにしようとする政権のやり方は、「卑怯」を通り越しています。

 また、ジャーナリストの杉本祐一氏のパスポート返納強要事件にも、大きな問題があります。危険なチェチェンウクライナに行こうとするジャーナリス
トや人権活動家が、いきなりパスポートを取り上げられたら、誰がチェチェン問題を世の中に知らせることができるでしょうか。

 ぜひご一読ください。




【見解】
イスラーム国」による人質・殺害と安倍政権の対応に関する私たちの立場


イスラーム国」を名乗る武装集団(以下IS)は、昨年8月から10月頃、湯川遥菜氏、後藤健二氏を人質に取り、身代金などを要求した。ISは、要求
が容れられなかったとして、今年、湯川氏と後藤氏を殺害したと発表、殺害場面をネットで公開した。政府は、両氏の救出に失敗した。また、捕虜にしたヨルダン空軍パイロットの殺害を示すという動画を公開した。正確な詳しい情報は得られていないが、日本の民間人2人とヨルダンの軍人1人が、残忍な方法で殺害されたことは間違いないと思われる。この悲劇的な事件に当たって、私たちは次のように考える。

1) 「日本人」というだけの理由で民間人を人質にとり、プロパガンダのために殺害したISのこのような行為は、いかなる理由があったとしても許されるものではない。ヨルダン軍捕虜虐殺についても同様である。

2) 一方、日本政府、とくに安倍首相がとった、湯川氏と後藤氏の救出に関する対応を始め、この間の中東政策、さらにその後の国内における様々な対応が適切なものであったかどうか、非常に疑問である。

3) 安倍首相は、両氏が人質となり身代金を要求されていることを十分承知のうえで、今年1月にエジプト、イスラエル、ヨルダン、パレスチナ自治政府)を訪問した。エジプトとヨルダンの公式の場では、「ISILと闘う」これらの国に対する「支援」を公言した。真剣な人質解放交渉が行われていたとすれば、この種の発言がIS側を刺激し、交渉進展にとって大きな障害になることは、常識的に分かるはずである。

4) また、安倍首相は、イスラエルでは、昨年5月の軍事協力を含む両国間の「パートナーシップ」が「着実に進んでいることを高く評価する」と公言した。昨年の7月から8月にかけて、イスラエル軍によるガザ攻撃で約2,200人が殺され、多数が負傷、ホームレスとなった後の発言である。

5) このガザ攻撃に当たっては、国連人権理事会が国際人道法・人権法に対する違反行為を調査する委員会設置を決議した際、日本政府は棄権した。日本政府は、その後も、国連調査委員会のガザ立入り調査に対するイスラエルの非協力を容認している。また、パレスチナ国際刑事裁判所加盟に関して、日本政府は、米国やEU加盟国などによる、パレスチナへの圧力を黙認し続けている。

6) 日本政府のこうした対応や発言が、中東地域の人々をどれほど憤激させているか、安倍首相に理解できないはずはなかった。

7) 今回の事件には政治的背景がある。とくに21世紀になって、日本政府は、「中東には、植民地支配という負の遺産がない」「憲法9条をいただく平和国家」という外交上の資産ともいうべきものを自らの手で壊してきた。アメリカなどによる、2003年のアフガニスタン攻撃、2004年のイラク攻撃と占領、こうした理不尽で破壊的な軍事力の行使により、殺傷され、生活を破壊され、難民になった人々は、その正確な数さえわかっていない。このような戦争を「後方支援」「国際貢献」の名で支えてきたのが、日本政府である。「テロとの戦い」の名を借りた一連の戦争によって家族や親しい人々を殺され、家を焼かれ、故郷を追われた人々。このような暴力こそが、あらたな「テロリスト」を産み出し、彼らは、日本をも「敵」と見なすようになったのではないのか。

8) にもかかわらず、安倍政権は、このような戦争加担をさらに進めようとして、「武器輸出三原則」の廃止、集団的自衛権の合法化を閣議決定した。さらには「憲法改正」によって「戦争出来る国」「戦争する国」を目指しているように見える。加えて、杉本祐一氏のパスポート返納強要など、メディアやジャーナリストに対する報道や取材の自由を束縛する、「表現の自由」や「人権」を無視した目に余る暴挙も行われている。

9) ISによる今回の非道な行為は、断じて許されるものではない。しかし、だからといって、今回の安倍政権の対応、ここに至る日本政府の政策に対する批判を躊躇すべきではない。安倍政権が、今回の不幸な事件を踏み台にして、「テロとの戦い」の名のもとに、より積極的な欧米の中東に対する軍事介入への加担を進めようとするなら、私たちは、あくまで抗議・抵抗を続けるべきだと考える。

2015年2月14日
ガザの人々を殺すな!実行委員会有志
http://free-gaza.hatenablog.com/entry/2015/02/14/181054

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#446 イスラム国に関連する声明

チェチェンニュース(転送・転載・引用歓迎)


 イスラム国に拘束されている2人のための、いくつかの声明を紹介します。なお前号で紹介した日本ビジュアル・ジャーナリスト協会(JVJA)の声明は、英語版、アラブ語版が公表されました。
 http://www.jvja.net/JVJA_IS.htm



 「内閣総理大臣である私は、いかなる事態にあっても、国民の命を守る責任があるはずです。」 (安倍晋三総理大臣、2014年5月15日)

 「イスラム国による二人の日本人の殺害警告に深い悲しみを表明いたします。・・・イスラムは本来、「愛」「敬意」「平和」を説いています。ISIS による今回の人質事件は、ISISがイスラムや他の宗教とはほど遠いものであることを露呈しています。」 (日本アハマディアムスリム協会、1月21日)

 「しかし、おそらく最も重要な理由は、日本はイスラム国を含め、いかなる国に対しても宣戦布告をしない世界で唯一の国であるということです。なぜならば、日本の領土が侵された際の自己防衛の場合を除いて、いかなる軍事活動も、憲法によってはっきりと禁止されているからです。」 イスラミックセンタージャパン、1月22日)


 「イスラム国の皆さん、健二はイスラム国の敵ではありません。解放してください。日本は戦争をしないと憲法9条に誓った国です。70年間戦争をしていません。日本はイスラム教諸国の敵ではなく、友好関係を保ってきました。」 (後藤健二さんの母・石堂順子さん、1月23日)

 
 以下は、各声明の全文です。

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#445 IS(イスラム国)による日本人人質事件に対する声明

チェチェンニュース(転送・転載・引用歓迎)


IS( イスラム国) による日本人人質事件に対する声明

 日本ビジュアル・ジャーナリスト協会( JVJA )はフォトジャーナリストやビデオジャーナリストの団体です。

 私たちは、イラク戦争とその後の占領下において、米英軍を中心とした有志連合軍による攻撃がイラク市民にどんな災禍をもたらされたかを取材、テレビや新聞などで報道してきました。また、イスラエルパレスチナガザ地区への無差別攻撃に晒された市民を取材し、テレビや新聞等で報道してきました。私たちの報道はけっしてアメリカやイスラエルの攻撃を肯定するものではありませんでした。

 私たちジャーナリストが、現場での取材を通して理解した戦争下の住民の現実だったからです。同時に、報道を通して私たちはあらゆる暴力を批判してきました。日本政府の戦争政策に対しても批判してきました。イスラエルのガザ攻撃に対しても、私たちは強く批判してきました。私たちは現在の安倍政権の戦争を肯定するかのような政策を、報道を通して批判しています。

  現在、IS(イスラム国)が拘束している後藤健二さんには、取材の現場で会ったことがあります。後藤健二さんもまた、イラクやシリアでの戦火に苦しむ市民の現状をテレビやインターネットで報道してきました数少ないジャーナリストです。湯川遥菜さんは、私たちと直接の接点はありませんでしたが、報道によると個人的な興味から「イスラム国」に入ったようです。

 私たちは、暴力では問題の解決にならないというジャーナリズムの原則に立ちます。武力では何も解決されない現実を取材をとおして見てきたからです。「交渉」を含むコミュニケーションによって問題解決の道が見つかると信じます。

 私たちは、IS(イスラム国)の皆さんに呼びかけます。日本人の後藤さんと湯川さんの2人を殺さないように呼びかけます。人の命は他の何ものにも代え難いものです。イスラムの教えは、何よりも平和を尊ぶことだと理解しています。

 私たちは、同時に日本政府にも呼びかけます。あらゆる中東地域への軍事的な介入に日本政府が加担することなく、反対し、外交的手段によって解決する道を選ぶようにと。
 
2015年1月20日
日本ビジュアル・ジャーナリスト協会(JVJA)

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#444 シンポジウム:地域紛争に国際社会はどう関与するのか

チェチェンニュース(転送・転載・引用歓迎)


 シンポジウムの案内を転送します。チェチェンについての報告もあります。
 どうぞご参加ください。


> 「地域紛争に国際社会は如何に関与するのか?―旧ソ連圏の紛争を中心として―」
> 上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科2014年度大学院生・次世代によるワー
> クショップ・シンポジウムシリーズ

> 【主催】上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科
> 【日時】2015年1月24日(土)13:30-18:00
> 【場所】四谷キャンパス10号館3階301号室 日本語、入場無料、予約不要

> 【趣旨】
>  如何なる外部関与が地域紛争の発生を防止し、一方でそれに失敗するのか?本企画は、
> 地域紛争と外部関与の関連性をマクロとミクロの視点から考察し、旧ソ連
> (チェチェン、ナゴルノカラバフ、沿ドニエストル)を中心に発生予防、深刻化防止、
> 再発防止に関する外部関与の多様な形態を提示する。理論と実証の双方から論じ
> ることで、他地域の事例分析にも資する材料を提供し、紛争研究や国際・地域秩序論 >
> の理解を深めることを目指す。
>
> 【報告者】
> 中村長史 東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻博士後期課程
>  「平和政策『失敗』の二面性の構造的要因―冷戦終結後の≪力の偏在≫と≪道義の遍
> 在≫」
>
> 富樫耕介 日本学術振興会特別研究員PD・東京大学総合文化研究科国際社会科学専攻
>  「制約下における外部主体の紛争への関与―チェチェン紛争ナゴルノ・カラバフ
> 争におけるOSCEの役割に注目して」
>
> 松嵜英也 上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科国際関係論専攻博士後期
> 課程
>  「沿ドニエストル紛争の『凍結』と和平協議―仲介者連合は如何に未解決な紛争の持
> 続を支えるのか」

> 【コメンテーター】
> 上杉勇司 早稲田大学国際学術院国際教養学部 教授
> 湯浅剛 防衛省防衛研究所地域研究部アジア・アフリカ研究室 主任研究官

> 【お問い合わせ】
> 上智大学グローバル・スタディーズ研究科
> 03-3238-4075
> gds-gs@sophia.ac.jp
> http://dept.sophia.ac.jp/g/gs/

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#443 最近の銃撃戦とグローズヌイ

チェチェンニュース(転送・転載・引用歓迎)


 12月4日に、チェチェンの首都グローズヌイで、ゲリラと治安部隊の戦闘がありました。日本語の報道でも流れていたので、知っている方も多いかと思います。10月にも大規模な爆破事件があり、不穏な情勢は続いています。

 これらの件についてはそれ以上の情報はありませんが、最近チェチェン人から直接聞きとったインタビューをお伝えします。事件の背景や、今のグローズヌイの雰囲気が少しでも伝わるといいのですが。ご一読ください。(大富亮)

 毎日新聞:<チェチェンイスラム系集団と銃撃戦、警官10人が死亡
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20141205-00000003-mai-eurp



■最近のグローズヌイ


 チェチェンとヨーロッパを行き来している、ビジネスマンのチェチェン人、Dさんに話を聞きました。ちょっと尻切れトンボになってしまいましたが、情報として紹介します。


【CN:10月5日にも、グローズヌイで爆破事件があって警察官5人が死亡しましたが?】


 その時、たまたまグローズヌイにいました。大きな爆発音が聞こえたけど、「男が外に出たら危ない、すぐ拉致される」と言われて、家の中にずっといました。

 カディロフ首長の誕生日で、いろいろな有名人を呼んでイベントをやっていました。クリミアから政治家も来ていましたね。その最中の自爆攻撃だから、カディロフはかなり恥をかかされたわけですが、「祭りは祭りだ」とか言って、続けました。その後花火の打ち上げもあったみたいだけど、さすがに警官も殺されているのに、それはないだろうと、警察関係の人たちは怒ってましたね。


【CN:チェチェンでのビジネスの可能性はありますか?】

 チェチェンと今の国の間でビジネスができないかと、いつも考えながら行くんですが、人は消されたりするし、とても生活できないから難民化して出ていくし、政府の腐敗はひどい、とてもこれじゃ仕事になりそうにありません。今は、ただ家族や親戚の顔を見に行っているだけです。

 外からチェチェンに出入りしている僕みたいな人間は、いつもマークされてます。比較的カネも持っているし、カディロフにとって危険人物ではないかどうかが気になるんです。反抗しそうだったら、カネを取り上げたり、殺したりします。


【CN:「イスラム国」にチェチェン人がいることが時々話題になりますが……】

 ヒゲを生やしたり、ヒジャーブを被っているだけで、イスラム過激派とみなされて逮捕されます。こんなひどい状態だから、人がどんどんトルコとかヨーロッパに逃げています。シリアでイスラム国(IS)に入っているチェチェン人は1,500人くらいいるとか。この人たちはほとんどヨーロッパ経由ですね。イスラム国の上の方の人たちが言っていることは正しいような気がするけど、実際に下の方の人がやっていることを見ると、ちょっとどう言っていいのか……。

 どちらにしても、シリアのチェチェン人たちからのビデオも結構ネット経由でチェチェンでも流通しているし、カディロフとしては、そういうところで訓練したチェチェン人がチェチェンに帰ってきて、反抗することを真剣に恐れているようです。


【CN:最近、気になったことは?】

 今回、すごく面白いと思った話なんですが、リズワンなんとかさんという歴史家が、『チェチェン史』という本を書いて、出版したそうです。その本には、今のチェチェンのことも書いてあって、「今、巨額のお金をかけてスキー場などのリゾート施設や、グラウンド、音楽ホールが作られているが、この投資の本当の目的は、チェチェンのためではなく、全部揃った頃にチェチェン人を追い出して、ユダヤ人に入植させるためだ」という意味のことが書いてあったみたいなんです。

 グローズヌイやモスクワの書店に送られた後でわかって、すごく話題になって、傀儡政権もびっくりして、テレビのニュースでも流しました。「こんなデタラメな本が出ている」というような論調ですが。書いた人はもうだいぶ年寄りだから、そんなに怖くないのかもしれないですね。

 どちらにしても、この話は「いかにもありそう!」という感じでチェチェン人に受け止められてますよ。

 ユダヤ人? 昔はいましたよ。ドゥダーエフが政権を取る前は、グローズヌイの街にユダヤ人の町もあって、それが今のグローズヌイ・シティのすぐ近くです。このやり方、巧妙だと思いませんか? カディロフみたいな、バカなチェチェン人にたっぷりカネをやって、内戦で社会をめちゃくちゃにして、チェチェン人を追い出しながらも、その国自体は住みよいように改良する。時期をみて乗っ取る……。


【CN:そういう公共事業もカディロフがらみですか】

 もちろん。カディロフは相変わらずひどいですよ。ものすごいカネを持ってる。モスクワからくる復興資金の40%は、そのままモスクワに戻っていくんだけど、そこからリベートを取っていて、自分では何のビジネスも出来ないけど、金はたまる一方です。

 チェチェン中で働く人の給料からピンはねをしていて、自分の基金に入れさせます。カネをね、ルーブルとかドルじゃなくて、「トン」単位で計算して取引してる。それをドバイに空輸して、預金する。これもロシア政府が黙認しています。何にも使い道がないので、カディロフの取り巻きたちはフランスのニースに行って超高級外車だとか、クルーザーを乗り回して遊んでます。

 チェチェンでは、カディロフツィ(カディロフ一派)が道を走るときには、何時間も前から道が塞がれています。本当に人の命が軽いから、カディロフツィの車に道を譲らなかったり、万が一かすったりしたら、すぐ銃で撃たれます。

 知り合いに、食品の量販店で管理職をしている女性がいるんです。その話もひどかった。

 新しい従業員の採用係をまかされたんだけど、小さい店なのに、募集をしたら千人くらい応募が来て。一人しか採れないのに。みんな200ドルとか、300ドルを持ってきて、「私を雇ってください」って。女性ばかり。みんな必死で。もうめちゃくちゃで、怖くなって管理職の人は逃げちゃったくらい。


【CN:虐待の情報はありますか?】

 その管理職には男性の部下が2人いて、一人が2日間無断欠勤して、その後出てきたけど全然元気がないから、「どうしたの」と聞いたら、こっそり「拉致された」と答えた。服の下は傷だらけ。

 拉致されると、ひどい虐待に遭います。家族を目の前でレイプすると脅されることも多いし、卑猥な言葉を浴びせられて屈服させられることを、チェチェン人は何より嫌うんです。ある知り合いは「もう何もかも嫌だ」と言って、ジャケットの下に銃を隠して歩いていました。自殺用? 違います。チェチェン人は自殺だけは絶対にしません。街でカディロフツィとトラブルになったら、それを乱射して、できるだけ相手を殺してから、自分も撃たれるつもりなんですよ。

 グローズヌイで、知り合いの2人兄弟が、家の前でちょっとカディロフツィとトラブルを起こしただけで車のトランクに押し込められて、行方不明になってしまったんです。3,4日してから、また家の前で放り出されているのが見つかったんですが、その時には大ケガをしていました。

 3か月くらい前に、こんな事件がありました。スポーツジムで、アルハノフの甥と、いまの大統領警護隊の実力者の甥がケンカになって、警護隊がかけつけて、いきなりアルハノフの甥を銃で撃ったんです。

 アルハノフは2000年代のはじめにロシアの傀儡政権で大統領をしていた実力者で、チェチェンでは力のある有名な一家で、カディロフも一目置いています。ところが、そのアルハノフ家の人間を、確かめもせずに殺したものだから、カディロフは急いでアルハノフ家に行って、謝罪しました。

 こういう「謝罪」は意外によくあるんです。その場をテレビカメラで撮って、「私は謝るから、復讐はしないと約束してくれ」「はい、復讐はしません」という和解を演出するんですが、アルハノフ家の人たちは、「復讐しない」という言葉だけは意地で言わなかった。だから、カディロフがいつか力を失ったら、復讐されるでしょう。

 それで、私が思うのは、どうもカディロフツィには、「血の復讐*」についての知識が足りないのかなと。「チェチェン人同士の内戦」とも言われますけど、悪いことをしているのはダゲスタン系のチェチェン人で、実は本当のチェチェン人ではないっていう意見も根強いです。だって、本当のチェチェン人なら血讐が怖くて人殺しなんかできないですから。

*:「血の復讐」:チェチェン人の間で紛争があったとき、それを仲裁し、処罰を課す法律外のルール。犯罪と同じだけの処罰が行われ、紛争の世代の何代後でも適用されるのが原則だが、反省を示すことによって、しばしば処罰は軽減される。また、処罰される側の親族も含めた社会的なコンセンサスを伴う。
このためチェチェン人の間で血の復讐は、紛争を拡大するのではなく、抑止するためのルールという意味合いが強いとされている。

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#442 モスクワ劇場占拠事件についての補足

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■モスクワ劇場占拠事件とその後――番組の補足として

●真実はいまだに闇の中に

 最近、もう一度劇場占拠事件のことを調べてみた。12日の番組にあわせてお読みいただければと思う。

 事件が起こったのはほぼ12年前の、2002年10月23日だった。モスクワのドブロフカ劇場を、チェチェン人ゲリラ41人が、912人の人質を取って占拠し、「ロシア軍のチェチェンからの撤退」を要求した。しかし26日にロシア治安部隊が劇場に毒ガスを注入して制圧し、人質130人が死亡、ゲリラの41人も全員が射殺された。

 これが公式発表だ。

 最終的に犯人たちは要求を譲歩し、「チェチェンの一部行政区画からの撤退」でもかまわないと表明したのだが、その直後に治安部隊が突入した。

 治安部隊が使用した毒ガスの詳細は、いまだに明らかにされていない。2011年に、ヨーロッパ人権裁判所は遺族たちの訴えを認め、制圧のために毒ガスを使用しながら、解毒剤を用意しなかったロシア政府に対して、賠償金総額約1700億円を遺族に支払うよう命令した。

 犯人たちがその場で全員射殺されたため、かれらの動機や、劇場の中での出来事を知る手がかりも失われた。この事件の真実はなお、闇の中だ。

●行方をくらましたゲリラたちはどこへ?

 実は公式発表に反して、事故現場からは4人前後のゲリラが脱出したと言われている。そのうちの一人は、後にジャーナリストのアンナ・ポリトコフスカヤの前に現れ、なんとロシア政府職員の職員証を見せた。テロリストは、ロシア政府が雇っていたのか?
http://chechennews.org/archives/20030508cn.htm

 2011年には、脱出したゲリラをめぐって、事件の再捜査も行われた。
http://www.themoscowtimes.com/news/article/lawyer-theater-hostage-crisis-probe-reopened/430991.html
(結果は、どうなったのだろうか……)

 また、占拠犯のモフサル・バラーエフの一家は、実はチェチェンでも有名なロシア連邦保安局(FSB)の協力者だったことが暴露されている。(『ロシア闇の戦争』、リトヴィネンコ著、光文社)

 モフサルの伯父・アルビは、チェチェンでの大量誘拐事件の犯人の一人であり、実はFSBの通行証を持って、どこにでも堂々と移動することができた。また、FSBが資金作りのためにやっていた偽ドル札の工場がチェチェンにあり、それを実際に動かしていたのもアルビ・バラーエフだった。なぜチェチェンにあったかというと、最終的にチェチェン人に罪をなすりつけたいからだ。

 このように、事件の首謀者自身がが、実はロシアの手先だった可能性さえある。

 こういった謀略的な背景は、事件直後から指摘されてきた。
http://chechennews.org/archives/20021026pokov.htm

●彼らは、なぜ劇場を占拠したか

 いずれにしても、占拠犯たちが訴えた、「チェチェンからロシア軍を撤退させろ」という要求自体は、まともなものだし、自殺同然の覚悟でモフサルについてきた人々の真剣さは、想像にあまりある。チェチェンでは多くの人が、夫や妻、子どもを戦争で殺されてきたのだ。

 この事件のことを知って、「ロシアも、チェチェンも怖いですね」というような感想に終わってしまっては、ただ単に人々の苦しみや死を、テレビのこちら側から消費することになってしまう気がする。

 400年も前からロシアの侵略を受けてきたチェチェン北コーカサス。そして、1995年からの二度の戦争。その文脈の上に、この事件がある。


 この事件が本当に「仰天」なのは、単に大勢の人が死んだからではなく、こういった複雑な背景があり、敵味方さえわからない状況の中で、守られるべき市民が、130人も――意味もなく――殺されてしまい、犯人たちもほとんど殺され、挑発者だけが脱出したのに逮捕もされず、いまだに真相が謎のままであることだと思う。

 もしロシア政府自体が、この事件の黒幕だったとすれば……この後に起こるベスラン学校占拠事件にも、私たちはまったく別の見方をすることになるだろう。

 こうした深い闇が存在することを、少しでも視聴者の方々が感じてくだされば幸いだ。

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#441 世界仰天ニュース:モスクワ劇場占拠事件

チェチェンニュース(転送・転載・引用歓迎)

 あす12日に、地上波で次の番組が放送されます。
 チェチェンニュース編集室として、制作に協力しました。
 どうぞご覧ください。
 また、よろしければご感想をお寄せください。

 番組名 ザ!世界仰天ニュース
 有名事件スペシャ
 900人が人質 モスクワ劇場占拠事件

 日本テレビ 11月12日(水)夜9時〜9時54分放送
http://www.ntv.co.jp/gyoten/yokoku/index.html

 2002年10月23日、ロシアの首都モスクワの劇場で起こったテロ事件。この日、ミュージカルを見に来ていた900人以上の観客を人質にとり、自爆覚悟のテロリスト42人がロシア政府に要求したのは、故郷「チェチェン」からロシア軍を撤退させる事。要求をのまないロシア政府に苛立ちを覚える犯人。次々起こる予想もしない事態に焦る政府。4日間に及ぶ抗争の末、事件は誰もが予想しなかった、衝撃の結末を迎える!!

ゲスト: アジアン 大島優子 テツandトモ 羽鳥慎一 元木大介(50音順)

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