#318 「ネフスキー急行」爆破事件に思うこと

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■「ネフスキー急行」爆破事件に思うこと


 大富亮/チェチェンニュース


 11月27日に、モスクワとサンクト・ペテルブルグを結ぶ鉄道で爆破が起こり、公式発表では26人が死亡した。そして12月2日の報道では、チェチェン独立派のサイト「カフカス・センター」に、独立派の野戦司令官で「コーカサス首長国」大統領のドック・ウマーロフの名前で、この列車爆破についての声明文が掲載された。毎日新聞の最新の記事は次のように書いている。

 『列車爆破テロから1週間 犯人像は明らかにならず』(毎日)

 今回の爆破テロにはイスラム勢力の影がちらつく。1日の犯行声明に名前が挙がったウマロフ司令官は、チェチェン独立派の有力野戦指揮官。現場付近でカフカス系の男4人を見かけたとの情報もある。だが、チェチェン内務省当局者はタス通信に対し、ウマロフ司令官は大規模なテロを行う実戦部隊を持たず、他の武装組織と連携を取る影響力もないと指摘している。

http://mainichi.jp/select/today/news/20091204k0000m030035000c.html


 犯行声明は12月1日に出たが、3日現在、サイトはダウンしているので、その後の情報がわからない。それ自体なんだか怪しいのだが、念のためダウンロードしておいた声明文を、次のサイトの掲載した。興味のある方はどうぞ。

http://d.hatena.ne.jp/chechen/20091203/ (和訳あり)

 さて、毎日の記事には、〈ロシアで起きた主なテロ〉というリストがあったので、これをもとに考えてみよう。


   1999年 9月 モスクワなどで連続アパート爆破。200人以上が死亡。
   2002年10月 モスクワの劇場占拠。人質129人が死亡
   2003年12月 南部スタブロポリ地方の通勤列車爆破。46人が死亡
   2004年 2月 モスクワの地下鉄で自爆テロ。少なくとも39人が死亡
    5月 グロズヌイで爆破テロ。当時のカディロフ共和国大統領が死亡
    6月 イングーシ共和国で内務省襲撃。少なくとも92人が死亡
    8月 旅客機2機をほぼ同時に爆破。90人が死亡
    9月 北オセチア・ベスランの学校占拠。児童ら330人が死亡
   2007年 8月 特急列車ネフスキー急行を狙った爆破テロ。約60人が負傷
   2009年11月 同特急を狙った爆破テロ。26人が死亡、100人以上が負傷

 しかしこの中で、裁判が行われ、チェチェン人が有罪になったものはというと、限りなくゼロに近い。ベスラン学校占拠で生き残って逮捕されたチェチェン人、クラーエフも、なぜか裁判中に行方不明になり、ロシア下院の調査委員会すら、どこにいるか把握していない。そんなのありか?
 http://chechennews.org/chn/0701.htm

 実際にチェチェン独立派が計画実行した事件は、かなり絞られると思う。とくに、第二次チェチェン戦争のきっかけとなった1999年のモスクワアパート爆破事件は、ロシア政府の自作自演だった可能性が高い。

 ここでは別の事件をとりあげようと思う。

 ……爆発はモスクワ市内、ヤウザ川にかかる鉄橋で起きた。専門家によると、爆破には約1.5キログラムの強力なTNT爆弾が2個使われた。路床が約20メートルにわたって引き剥がされ、鉄橋は崩壊寸前だったという。しかし、爆発が早すぎた──次の列車が鉄橋を渡る前に起きてしまった──のは明らかだった。ばらばらになった犯人の遺体が、現場からおよそ100メートル離れたところで見つかっている。犯人はアンドレイ・シチェレンコフ大尉、石油会社「ラナコ」の社員と判明する。……企みが失敗しなければ、このテロ事件の直接の組織者が明るみに出ることはなかったろう。

(『ロシア闇の戦争―プーチンと秘密警察の恐るべきテロ工作を暴く』 アレクサンドル・リトヴィネンコ、光文社 p.55)

 これがいつの話かというと、1994年11月18日の出来事。もう15年も前のことだ。ラナコ社とはラゾフスキーという、ロシア連邦防諜庁の職員が社長となった会社で、社員は一人のこらず治安機関職員だった。事件の日、警察はラナコ社の前に爆発物と武器を満載した自動車が止まっているという通報を受けたが、当局にはトラックの持ち主は特定できなかった。そして死亡していた大尉の遺留品には、ラナコの社員証があった……。

 この事件は第一次チェチェン戦争の前哨戦だった。

 こうやって調べている間に、以前自分が書いた記事が見つかった。結局同じことが言いたいので、そのまま引用することにする。

 以前の例によると、1994年11月18日、モスクワ市内にかかる鉄橋で爆破があり、連邦諜報庁(FSK−当時)の外郭会社「ラナコ」のマクシム・ラゾフスキーが関与しています。また。12月27日、連邦保安局系のフリーランス工作員ウラジーミル・ヴォロビヨフが、モスクワでバスを爆破しました。96年6月11日にモスクワの地下鉄トゥーリスカヤ駅で電車の爆破事件が起こっており、これもラゾフスキーの関与が疑われています。

 鉄道爆破は治安機関のお家芸ということでしょうか。いずれにしても、犯行声明の有無と、捜査の結果に注目する必要があります。もう、「治安」の意味がわかりませんが。

 (中略) 結局事件はまたフェードアウトしようとしています。でも、事件発生は13日で、当局は「テロの可能性」を示唆して、その3日後には上海協力機構の対テロ合同軍事演習が開催されています。プーチン大統領や中国の胡錦濤国家主席ら各国首脳が視察するという大きなイベントでした。

 列車爆破事件はこの辺の日程を考慮して、国内の引き締めのために発生したのだろうと、憶測します。

チェチェンニュース Vol.07 No.20 2007.08.19」より
http://chechennews.org/chn/0720.htm


 今回、どんな理由で「テロ」が必要とされたのかは、ウマーロフなりロシア政府、情報機関の都合なので、私にはわからない。おそらくこれからも真相はあきらかにならないのだろう。だいたい、十分な捜査もせずにうやむやになっている。

 しかし、今回の事件の知らせが、「チェチェン側が犯行声明」という見出しで世界中に流れたことは、いつもどおりの効果がある。

 最初の表で、チェチェンがらみの「テロ」で殺された人の数は、単純に合計して952人になる。しかし、94年からの対チェチェン軍事侵攻で殺されてきた人の数は20万人にのぼる。なんと、210対1の開きがある。

 賛成はできないにしても、チェチェンであれだけの不正義が放置されていれば、チェチェン以外の場所でテロ事件が起こっても不思議ではない。

 チェチェンで殺されてきた人々のことは報道せず、ただチェチェンがからんでいる「らしい」程度でこの騒ぎ。こうして「チェチェン=テロ民族」というイメージが広められてきた。どうしてメディアは、公平な報道をしないのだろうか。

 私は、鉄道を爆破することには反対だし、人殺しは悪いに決まっていると思いたい。しかし、それならチェチェン難民の車列がロシアの軍用機に機銃掃射されたことにも、反対していなければいけないはずだ。メディアは伝えてきたろうか。それどころか、忘れられていないだろうか。

 もういちど最初のリストに戻ろう。ロシアに従順だったアフメド・カディロフが殺されたのが「テロ」なのに、チェチェンの穏健派政治家マスハドフがロシア政府に殺されたのは、テロではないようだ。権力の側に殺されたナターリヤ・エステミローワや、アンナ・ポリコフスカヤの死は、なぜカウントされなかったのだろう。

 毎日新聞をはじめ、今回の事件について、各紙の記事は慎重な書き方をしていると感じた。だから、ある枠組みのなかでは良心的な記事だと思う。しかしこういうリストからわかるのは、残念ながら、無意識のうちに、最初から枠組みが決まっていることだ。テロは常にチェチェンがすることで、チェチェンへの弾圧は、治安のためのやむを得ない行動だから、「テロ」のリストには入らないというように。

 私たちは誰でも、慎重に考えていきさえすれば、きっと「公正さ」にたどり着けると思う。姿の見えない敵を憎むより前に、私たち自身のものの見方を研ぎ澄まさなくてはならず──あとは、プロフェッショナルの良識に期待するしかない。

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■イベント情報


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★12/5 蒲田:「終焉に向かう原子力」(第9回)

http://d.hatena.ne.jp/chechen/20091028

  小出裕章氏(京大原子炉実験所)「原子力の場から視た地球温暖化問題」
  藤田祐幸氏(物理学者)「電源としての原子力と軍事としての原子力
  広瀬隆氏(作家)「いよいよ迫る東海大地震浜岡原発
  力を合わせて、危険な原子力の時代を終わらせよう。

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★12/5-14 都内:東アジア死刑廃止大会2009

http://www.abolish-dp.jca.apc.org/asia/front.html

  もし裁判員に選ばれたなら、あなたは死刑判決を下せますか。
  今、立ち止まって、考えてみませんか。死刑囚という人生を。
  そして、私たちの暮らす、この社会のことを。
  日本や韓国など東アジア各国から、作家や研究者、宗教者、NGOが集います。

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★12/5 大崎:公開シンポジウム「ヨーロッパとアジアのエネルギー安全保障」

http://d.hatena.ne.jp/chechen/20091104/1257297629

  藤岡明房(立正大学経済学部教授)「世界と日本のエネルギー事情」
  世界第4位の石油企業トタルの日本法人社長の講演、
  「世界におけるトタルの活動と今後のエネルギー需要の動向」など。

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★12/6 猿楽町:〈危機〉のネットワーク 
          治安管理/安全保障から日本とイスラエルを考える

http://midan.exblog.jp/12764691/

  9.11をきっかけとした世界的な管理/監視体制の進行は、
 『危機管理先進国』イスラエルにも、私たちの日本にも大きな影響を
  与えた。周辺諸国から孤立しつつ、アメリカとの二国関係に依存してきた
  イスラエルと日本。二つの国を同時に照らし出す視角はあるか。

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★12/8 お茶の水:映像で振り返る筑紫哲也の全仕事

http://apc.cup.com/

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★12/9 麻布台:インド・ナガ紛争:両者が納得のいく解決策の提示を

http://www.jummanet.org/notice/2009/11/129.html

  インド・ビルマ国境地帯で独立を宣言したナガ民族の人びと。
  1997年、武装勢力とインド政府が停戦合意を結んだが、状況は不透明。
  ナガのカトリック神父で研究者のE・ロタさんに解決の可能性を聞く。

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★12/11 文京:アジア記者クラブ民主党の雇用・労働政策は大丈夫なのか

http://apc.cup.com/


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■映画・連続講座

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★ 連続講座:ジャーナリスト実践養成講座

http://apc.cup.com/

  マスメディア業界を目指している方、フリーで取材する方、
  ブロガーなど記事文章の上達を目指している方にお薦めの実践養成講座。
  「ジャーナリストのための実践英語入門講座」など幅広く。

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★『鶴彬 ーこころの軌跡ー』

http://tsuruakira.jp/

  万歳とあげて行った手を大陸へおいて来た──
  数多くの鋭い反戦川柳を詠んで戦争反対を貫き、獄中に果てた鶴彬の生涯。

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★『沈黙を破る』

http://www.cine.co.jp/chinmoku/

 考えるのをやめたとき、僕は怪物になったーー
「祖国への裏切り」と非難されながらも加害行為を告白する、
  若いイスラエル兵士たちがいた。

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★『チェチェンへ アレクサンドラの旅』

http://www.chechen.jp/

  孫へのまなざし 平和への祈り ロシアの見たチェチェン

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★『ビリン・闘いの村』

http://www.hamsafilms.com/bilin/

  パレスチナ暫定自治区ヨルダン川西岸のビリン村。
  若者たちは非暴力の闘いに立ち上がった。

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