#430 記憶を抹殺せよ――親ロシア派が、強制移住記念碑を解体
チェチェンニュース(転送・転載・引用歓迎)
■北コーカサスの記憶を抹殺せよ――親ロシア派、強制移住記念碑を解体
(大富亮)
北コーカサスで開かれているソチオリンピック。閉会式は次の日曜日、2月23日に行われる。この日はチェチェン・イングーシ民族が1944年に強制移住させられてから、ちょうど70年目の記念日でもある。
これは、1944年に旧ソ連のスターリン政権が、チェチェン人とイングーシ人の全人口50万人を「ドイツのスパイ」とみなしてカザフスタンやシベリアに強制的に移住させ、その途中で半数が死亡したという、大惨事だった。
閉会式のように、記憶もまた、「閉じる」ことができるのだろうか。ここではやりきれないような〈実験〉が行われている。
チェチェンの首都グローズヌイからの情報によれば、親ロシア派の傀儡政権が、民族強制移住の記念碑を解体しようとしている。この記念碑は、1992年にグローズヌイの中心部に建立された。イニシアチブを取ったのは、当時のジョハール・ドゥダーエフ大統領だった。
記念碑を作ったのはチェチェン人の芸術家ダルチ・ハサハーノフ氏。写真を見るとよくわかるが、記念碑はチェチェンの短刀「キンジャール」を握った拳の形をしており、そのまわりに、墓石が並んでいる。最近、この墓石が別の記念碑の周りに移動させられているのが市民の目に止まり、問題になっているのである。
チェチェン各地でソビエト時代に造られた建物の基礎部分には、墓地から没収したチェチェン人たちの墓石が勝手に使われていた。ハサハーノフ氏は、それを掘り起こし、これを記念碑の一部として構成したのだった。記念碑はグローズヌイのシンボルの一つだった。
2008年にも、親ロシア派のカディロフはこの記念碑を移動しようとしたが、反対する市民が多くて取りやめになった。しかしバリケードが造られて、記念碑には近づけなくなった。
そして、今年2月14日に、墓石が外国人労働者によって移動されているのにグローズヌイの市民が気づいた。移動していた先は、親ロシア派が作った警察官の像の周囲だった。この警察官は、チェチェン戦争の際にロシア側について戦い、市民に対する虐待や殺害にも手を染めたと言われる人物である。
「記念碑は、今の場所にあるべきなんだ。みんなの歴史的な記憶を馬鹿にするのはやめてほしい。3世代前の事件を、人々の記憶から消し去りたいんだろうか」と、ある地元住民は話す。
「墓石を親ロシア派の像に移動するのは、あいつらがやったことを正当化するためだ。あの警官と墓石は何の関係もないよ。ただ、歴史を消したいだけだ。これが、強制移住70周年のための、奴らからの〈贈り物〉ってわけだ」と、住民のアスランベクは語った。
墓石を建物の基礎に使ったりするのは、もちろんそこに眠る人々への冒涜だ。それは日本でも変わりない。
この強制移住を描いた映画「金色の雲は宿った」(原作はプリスターフキンの『コーカサスの金色の雲』)の中にも、この墓石にまつわる場面が出てくる。ほとんど無人になったチェチェンに進駐してきたソ連軍が、墓石を道路の舗装のために敷き詰め、その上を兵士が歩いたり、戦車がキャタピラで踏みつけていた。それに気づいたチェチェン人の幼い少年が、涙をぽたぽたと落としながら、石に刻まれた名前を一人ひとり読んでいく。土砂降りの雨に打たれながらーーというシーンだ。
オリンピックの会場になっているソチの「赤い谷」という場所も、かつてチェルケス人の虐殺が起こった場所だった。今はそこに、ロシアの旗がひるがえり、世界中の人々が競技を眺めている。どれだけの人が、このことを知っているだろうか。
チェチェンの若者たちの組織「ノフチーチョ」は、「世界中の人々が、記念碑と記憶を抹殺しようとするロシアの蛮行に抗議の声を上げてほしい」と訴えている。( http://tinyurl.com/ppuvqs7 )
チェチェンでは、2月23日の強制移住に関する記念の式典を開くことは禁止されつつあり、5月10日の対独戦勝記念日の祝いがそれに取って代わろうとしているという。
この記念碑を、ロシアや親ロシア派のチェチェン人たちがしきりに排除しようとしている理由は難しくない。過去の犯罪を隠蔽するためだ。
しかしこのいきさつは、第二次大戦中の強制移住と今のチェチェンへの弾圧が、ずっと続いてきたひとつの流れの中にある、ということも教えてくれる。事実、さきの訴えを出した若者たちのグループからして、チェチェンから国外に逃れた難民たちで、その実態は強制移住のようなものだ。
こういう状況だからこそ、記憶を抹殺しなければ、自分たちのやってきたことも、立場も危なくなると、ロシア政府もカディロフも感じているはずだ。それが記念碑破壊の背景にある。
【お願いがあります。今、ソチオリンピックを観戦している善意の人々に、このニュースを転送したり、ツイッターで知らせていただけたら、ありがたいです。スポーツの価値を下げるのではなく、オリンピックという機会を通じて、何かを目撃する機会になると思うからです。】
なお、パリやウィーンでは、2月23日の記念日前後に、チェチェン人によるイベントが開かれるようです。情報はこちらをご覧ください。近くの土地に在住の方は、参加してみてはいかがでしょうか。 http://www.waynakh.com/eng/2014/02/events-related-to-february-23/
参考記事: waynakh.com http://tinyurl.com/ppuvqs7
▼チェチェンニュースについて: http://d.hatena.ne.jp/chechen/20140209/